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【手長グマ物語】
『台高山脈の幽谷ー北股谷の手長グマが、はじめて入之波(しおのは)部落:奈良県川上村の話題になったのは、終戦も大分前の、ある年の初冬であった。
このクマは、普通のクマに比べて、前足がうんと長く、四つン這いで歩くのに、まるでカエルが坐っているように、腰を落としているので、そのオチャラケタ姿が、山稼ぎの人々の興味をそそった。
ところで、有名になると、猟師も杣も、その後を追っかけ廻すので、この愛嬌者は、実は驚くべき知恵者で、しかも愛情深い牝グマであることが次々と分かってきたが、入之波部落切っての豪胆な杣狩人ー六蔵との運命的な再三の出会いによって、悲劇的な幕を閉じてしまった。
これは、今なお、炉辺に高名をうたわれている”北股の女王”の後半生である』
ーーー【奥吉野物語】 斐田猪之介(ひだ・いのすけ)著より
朝日新聞社刊(1957年)
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