こわれた夢物語T



<この店に居着いてて何年になるのかな?>
犬は、ここの女主人が不平不満を言いながら太った身体をやたら忙しそうにしているのを目で追いながら、店の奥で無口な夫が開店の準備をしている音を聞いていました。この無口な主人のおかげで寝そべっていることができるのです。

「カランカラン」とドアの鐘が鳴って一番目のお客様です。女主人はドドーとテーブルに近づき、メニューを差し出しました。
「何にしますか」 うなるように聞きました。
「うーん、そうだな、ステーキにするか」
「ステーキ!…は、はい! かしこまりました。焼き方はいかが致しましょうか?」

お客は玄関先の犬を見ながら、
「うーん、レアとミディアムを一つずつ」
<うあー、こいつよく食う奴だ。大体この店でステーキなんぞオーダーする奴はあまりいないぞ。おっ、女主人、やけにうれしそうだ>

「ステーキ、レアとミディアムでーす」と、女主人は歌うように奥の厨房に声を掛けました。めずらしく奥から「ウイ!」と無口な主人が返事をしました。お客を上目使いで見ると、
<おっ、何か金持ちそうだな、俺をみているぞ。しっぽを振ってみるか。おっ、にこっとしているぞ!>

そこへ美味しそうな肉が焼き上がって来ました。お客は一枚の皿を受け取ると、スクッと立ち上がり犬の前に持ってきました。
「さあ、お食べ、遠慮はいらないよ」 と言うとテーブルへ戻ってもう一枚のお肉を食べ始めました。しばらく犬は唖然としていましたが、ここぞとばかりに肉の塊を口にくわえ、女主人の顔を見ずに走り出しました。生まれて初めての肉の塊の感触を噛みしめながら走り続けました。肉汁が口の中を行ったり来たりしています。

しばらく走ると大きなショーウインドウのお店がありました。
<肉をくわえた犬ってえのは、こんな格好がいいんだぞ!>
と思いながら、犬はショーウインドウをのぞきました。よく見ると、お店の中で犬が肉をくわえています。その大きなお店の犬は、店ににつかわない、よれよれのくたびれた犬だったのです。
<なんだ、大きな店にしてはみすぼらしい犬だなあ。よし、あの肉もいただきだ。どうせ毎日食べてるんだろう、オレ様は今日が初めてなんだ。ワン、よこせ!>

それを上のほうから見ていたカラスがいました。ワンと吠えたとたん、肉が犬の口から滑り落ちました。カラスはそれを見逃しませんでした。急降下し、さっと横取りして屋根の上へ飛んでいってしまいました。
<まあいいや、一枚ぐらい。中の犬のを取り上げてやるさ。>
お店の中をのぞくと、何と、中の犬はもう肉を持っていません。
<あれ!>
犬は右足を上げると、中の犬も同じ格好をします。首を傾げると、中の犬も首を傾げます。
<おかしい…?、何だ、オレの姿が写っていたのか!>
<あーあ、オレは何て不運だ。初めての肉もついに食べることができなかった。あーあ>

犬はすごすごお店に帰りました。もうあのお客の姿も消えていました。中から女主人がにらみながら、「今日はご飯抜きだよ!」 あまりのショックで、犬は、そこへへたり込んでしまいました。

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