「はぁ…」
今日何度目のため息だろう?
公園のベンチに座りながら俺はうな垂れていた。
世の中不公平だと思う今日この頃。
子犬ありす/前編
―――だからさぁ。
落ち込めば落ち込むほどにフラッシュバックする女の声。
―――いってんじゃん、ウザいんだよね。て言うかそれでアタシの彼氏のつもりだった訳?
ああ、そーだよ。
―――我が物顔であんたの友達に紹介するの止めてくんない?かなり恥かいたんだけどー。
そーかよ、悪かったな。
―――結構オカネ持ってるしさー、都合良かったけどォ…好みじゃないのよね。
それで?なんだってんだよ。
―――エッチ迫られるんだったら別れた方がマシだし。だからさー。
別れてよ?あんたなんかもういらないからさ―――
「はぁ…」
貢がせるだけ貢がせやがって。
あいつ可愛けりゃなんでも許して貰えると思ってやがるんだろーか。
実は結構マジだったんだぞ。
純情ぶったテメェのために手も出さずに我慢してやったんだ。
で?
それだけ良くしてやったのに、3ヶ月で終わりってか。
猛烈に腹が立っていたが、そんなことを言い返したところで俺は惨めなだけだと思ったから。
何も言わずに別れてやった。
確かに俺はぱっとしねーよ。
連れて歩くにも自慢にゃならねーだろーしな。
金だってお前に貢いでやって殆ど残ってねーよ。
そこそこ優しいだけが取り柄だし、ここ数か月は(お前がいたせいもあるが)エッチだってやってねー。
浮気するような相手もいなかったし、嗚呼クソ…考えてて悲しくなってきた…。
「はぁ…」
人間は誰もが平等じゃねぇよなー…。
女に振られたその公園で俺は数十分そんなことを考えて過ごしていた。
しかし季節は冬に移り変わろうとしている11月初旬。
一時間ほどもいれば流石に寒くなってくる。
まだ柔らかな日差しは暖かかったが、振られたばかりの俺にはそれですら寒い。
風邪を引いても癪だしと、俺は立ち上がった。
勿論帰るためにだ。
あの女と良く来たこの公園がこんな場所になるなんてなとかくだらないことを考えながら、なんだかどうでもいい気分で一人公園を立ち去ろうとした時。
「きゅぅん」
声が聞こえた。
人間の声じゃない。
犬の鳴き声だ。
反射的に俺は振りかえり鳴き声の方向に視線をやる。
「…捨て犬…?」
「可愛がってやってください」とありきたりな言葉に飾られたダンボール箱に詰められ、ベンチの下から俺を見上げるくりんとした目。
どうやら俺が座っていたベンチの下に子犬を捨てた奴がいたらしい。
「きゅぅぅん…」
すがるような視線が俺に刺さる。
普段の俺ならそんな視線に屈するようなことはないだろう。
なんせ動物は手がかかる。
俺の住んでいるところは別段ペットを禁止しているわけではない。
でも手がかかる上に金がかかるとあっちゃそんなもの飼ったってなんの得もないと俺は思っていたから。
ペットには普段マジで興味なんかなかったわけだ。
…が、落ち込んでる俺は普通じゃないみたいだった。
ベンチの前にしゃがみこんだ俺は何を思ったかソイツを抱き上げていたんだ。
「きゅうんっ…」
抱き上げられて驚いたのか犬が小さく鳴く。
「…特別に飼ってやるよ。どうも俺は寂しいらしいんだ」
犬にこんなことを言っても通じないだろう。
だがとにかく決めた。
振られた記念にでも飼ってやろうと。
腕に抱えた犬を部屋に入れてやろうとして気づいた。
こいつずっと外にいたんだよな?
じゃああんまり綺麗なわけないしな…。
「…風呂…入れるか」
俺はとりあえずトレーナーとズボンの袖と裾を捲り上げ風呂場に入った。
犬は不安そうな目で俺を見てくるが、そんな目をされても困る。
水が嫌いだろうとなんだろうと汚い足で入ってこられては後で掃除が面倒だ。
じっとしててくれるかどうかは不明だが、小さかったので押さえつけておけばなんとかなるだろう。
洗面器の中に犬を座らせ、蛇口を捻る。
ザ――――っとシャワーから湯が出るのをみて犬の体がビクっとなった。
そろりと近づけると途端にじたばたと暴れだす。
「…まだ、子犬で良かったな」
嫌がる犬を押さえつけてなんとか綺麗にしてやったが、暴れられたせいで服がビショビショだ。
全く、犬を拭くついでに俺も服を脱いで体を拭く羽目になってしまった。
ばさばさと服を脱ぎ散らかして換えのシャツを手に取る。
それに袖を通しながら俺はふとあることに気づいた。
「そーだ、お前の名前決めてやんなきゃなァ」
犬の毛を乾かすために俺はドライヤーを手に取った。
スイッチをいれた時、その音に犬はまたしてもビビったようであったがただの風が出てるだけだと分かると途端に大人しくなった。
膝の上に乗せその茶色い体毛を乾かしてやりながら俺は名前を考える。
「何がいいかな…そういやお前オスかメスかどっちだ?」
犬を裏返して確認したらメスだった。
「じゃあ可愛い名前の方がいいよな。うーん………………」
乾かす手は止めず俺は考えた。
女の名前なんて今まで付き合った女の名前くらいしか出てきやしねぇ。
しかも両手で足りるほどの乏しい数くらいしか。
そんな時だ。
誰かが俺に何かを吹き込んでくれたみたいにぱっとひとつの名前が思い浮かんだ。
不思議な感覚。
俺が考えたんじゃなくて、誰かが俺に教えてくれたような。
とにかく頭にふわりと浮かんだ名前。
「…ありす。ありすなんてどーだ?可愛いよな、うん」
犬に言い聞かせ一人で納得する。
名付けなんてしたことが無いわりには可愛らしい良い名前だ。
本当に俺が考えたのかすら疑いたい。
犬―――ありすは大きな黒い目をくりくりとさせて俺を見てる。
心なしか放心したように見上げる様はなんだか不思議な感じがした。
「どしたよ?気に入らねーのかな?」
その時ありすがタイミング良く首を振った。
まるで俺の言葉がわかったようにタイミングばっちりだった。
だがまさか犬にそんなことが分かるわけない。
「ん?ありすでいいのか?じゃあお前は今日からありすな」
俺はありすの頭を軽くなでてやり、抱き上げた。
ところで俺の部屋はさほど広いわけではない。
1DKの部屋なんて犬には窮屈だろう。
ばたばたとありすは忙しそうに部屋を行き来していたが、そのうちそれにも飽きたようだ。
今晩はとりあえずダンボールに古いシーツでも敷いてやって、明日にでもペット用品を買いに行ってやろうと思っている。
ありすはまだ小さいから細い首輪とリード。
ああ、メシは何がいいんだろう?
缶詰とかペットフードよりも俺の食ってるもん分けてやった方が安くつきそうだよな…。
「なーありす。お前の好物ってなんだ?」
何気なく俺はありすに話しかけた。
きっと世の中のペットを飼っている人間はこうやって飼い主バカになっていくのだろう。
「あーりすー。やっぱペットフードとかの方が好みか〜?」
答えなんか返ってくるのを期待しているわけではないがなんとなく聞いてみた。
するとありすはまた絶妙なタイミングで首を振ったんだ。
…コイツ、もしかして俺の言ってること分かってんじゃねぇの?ってくらいに完璧なタイミングで。
ペットフードが嫌いかどうかは別にしても、それなら俺のを分けてやるんでもいいかとその時思った。
夜、ありすは寝つきがやたらと悪かった。
ダンボールにいれてやっても落ち着きなく紙の壁をかりかりとひっかくし、くんくんと小さい声で寂しそうに鳴く。
おかげで俺もなかなか寝付けない。
「なんだよー、寒いのか?それとも夜行性か?」
俺はありすを抱き上げてやったが、子犬というものがこんなに面倒だったのかと拾ったことを少し後悔した。
だが俺が抱き上げると少しずつうとうとし始め目を閉じた。
「…なんだよ、眠れるじゃねぇか」
しかしほっとして俺がダンボールの中に戻すと、途端に覚醒してまたダンボールを引っかく。
それを3回ほど繰り返して、俺はありすをベッドに入れてやることにした。
幸い俺はさほど寝相が悪い方でもないし潰す心配はないだろう。
「特別だぞ?明日からはあっちで寝ろよ」
うとうとしだしたありすを抱っこしたまま俺はベッドに入る。
そっと俺の隣に寝かせてやると今度こそ大人しく目をとじた。
甘やかすと良くないことは分かっているが今日くらいはいいだろう。
明日からちゃんと躾れば良い。
俺はそう考えて目を閉じた。
翌朝、それが不可能なことになるとも知らずに。
何かに呼ばれたと思った。
朝に程近いまどろみの中で俺は確かに声を聞いた気がした。
「…んん…………」
俺はゆっくり瞼を開ける。
部屋の中が明るくなっており、既に朝になっていることに気づく。
やたら明るいので時計を見て一瞬ぎくりとした。
9時半を回ろうとしてる。
仕事に遅刻する!と思った瞬間に今日が日曜だったことを思い出す。
ほっとして二度寝しようかと布団を被りなおした…が、何か忘れているような気がする。
何だったか?
「…あ、そーだ…。ありすは…?」
昨日拾った犬がベッドから消えている。
何処に行ったんだろう?
部屋をきょろきょろと見まわしたがどうも見当たらない。
その時だった。
とたとたと小さな足音がする。
しかし子犬の足音にしてはなんだか大きすぎる。
近づいてくるこの足音は一体なんの足音だろう?
俺が不安に思ってベッドから抜け出そうとした瞬間。
その足音の正体が俺の部屋に入ってきた。
「!!」
それを見て俺は腰が抜けるほど驚いた。
「あっ、起きたー♪」
言いながら近づいてくるのはありすじゃない。
女の子だ。
なんで俺の部屋にに女の子がいるんだ?
「おはようございますv」
おはようございますなんてそんな悠長な…。
俺は驚きすぎて何も言えない。
更に俺をうろたえさせている原因がもう一つあった。
この女の子の格好だ。
女の子はパンツに太股までのストッキングしか身に着けていない。
あとは裸だった。
なんでこんな裸の女の子が俺の部屋にいるんだろう…?
昨日はありす以外連れこんだ覚えはないし、その上こんな女の子と面識はなかった。
「混乱してるネ。無理もないや。ねー、お話聞いてくれる?」
女の子は可愛らしく俺の顔を覗き込んで首をかしげた。
もとより説明はしてもらうつもりだったので、俺はすぐに首を縦に振った。
「あのネ、単刀直入に言うんだけどねっ」
床に座り込んだ女の子に俺はとりあえずシャツを着せ向かい合っていた。
流石に俺のシャツは大きいようで。
首元も大きく開いているし、裾だって際どいところをギリギリ隠すくらい。
本当に「何も着てないよりはマシ」というところか。
「昨日の犬は、自分なの」
「…」
なんとなくそういう展開になるんじゃないかと思っていた俺はたいして驚かなかった。
世の中にゃ不思議なこともあるもんだなとしか思えない。
そういうことを信じる人間ではなかったが目の前で起こっちまったら信じるしかないだろ?
「ワタシの名前、本当にありすっていうんだけど…ありす、悪い子だったから罰として犬にされちゃってたんだ…」
「…へェ…………」
「でね、運命の相手に本当の名前を言い当てて貰えるまでが第一段階だったの」
「第一…段階………?」
ってことは第二段階もあるわけだよな…、もしかしなくても。
「まだ完全にね、ありすは元に戻ってないの。ほら、耳と尻尾残ってるでしょ?」
言われて俺は女の子―――ありすをマジマジと見た。
確かにまだ犬の耳とふわふわの尻尾が残っているみたいだ。
「これはね…運命の相手にしか戻してもらえないの」
「…へェ………………」
多分運命の相手とか言うのは俺のことだろう。
そんな胡散臭い話を信じろというありすもどうかと思う。
これはもう性質の悪いイタズラとして警察にでも連絡した方がいいんだろうか?
「戻してくれる?」
「…いや…戻してって言われても…俺どうすりゃいいか知らないぞ?」
「知らないの?」
「…知るわけねーだろ……」
ありすは俺にすがるような目つきでこっちを見ている。
いや、そんな頼るような目つきされても…。
生まれてすでに30年ほど経つが犬になった女の子を元に戻す方法なんて習ったことも無ければ聞いたことも無い。
「じゃあ、一緒に探してくれる?」
「…何を」
「人間になる方法」
ありえねぇ。
そんなものがこの文明社会の何処に転がっているというんだろう。
軽々しく了承するのは簡単だが、了承した後の重い責任を背負いきれる自信は皆無である。
「とりあえずよォ…その耳と尻尾が偽物じゃないか調べてもいいか?」
「いいよー」
大人しくありすは俺に耳を向けた。
ありすの長い髪をそっと分けて指と目で確認する。
ぎょっとした。
だって本当に耳が生えてるんだぞ!?
一本体毛をひっぱったら痛いといって抗議された。
尻尾も調べてみようとして、はっと俺の手が止まる。
「…あ、いや…やっぱ尻尾はいい」
「え?どーして?」
きょとんとありすが俺を見上げた。
尻尾が生えているかの確認なんて出来るわけないだろ…。
良く知りもしない女の子のパンツを脱がせるような真似できるもんか。
「どうしても!もう耳だけで信じるからさ、気にすんな」
そう誤魔化して俺はありすから離れた。
「じゃあ信じて手伝ってくれるの…?」
「…」
すぐに返事は出来なかった。
しかしこのまま彼女を放り出すなんてことは出来ない。
普通の人間であればどうにでもなるが、如何せんこの耳と尻尾。
たっぷり考えて俺は不本意ながら頷いた。
仕方がない。
俺の了承を見て取ってありすは心底嬉しそうな表情をする。
「良かったぁ…!」
さっきから可愛い顔立ちだとは思っていたが、笑えば更に美少女だ。
見た目は16歳くらいだったが実際のところどうなんだろう?
ちょっと気になる。
「そういえば悪い子だったからってお前言ったよな…?」
「うん」
素直にありすは頷くが、俺は恐る恐る聞いた。
「それってどういう意味だ?もしかして犯罪でもしたんじゃないのか…?」
犯罪者をかくまうのはあまり気分的によろしくない。
ヤバそうな可能性は潰しておくに限る。
しかしありすは首を振った。
「犯罪なんてしてないよ。ありすは痛いの嫌いだもん!」
「…でも犬にされるようなことをしたんだろ…?」
俺の犯罪基準では「犬にされる」という罰がどう重い物かは分からない。
屈辱的だとは思うが、それが俺の基準で言う罰金刑なのか実刑判決なのか死刑宣告なのかはさっぱりだ。
「なぁ、何したんだ?」
俺が問い詰めるとありすはにっこりと可愛らしい笑みを浮かべ、自分の罪を俺に言った。
「ありすね、エッチなこと大好きなの♪」
「……………はっ?」
「エッチなこと大好きなんだけど、度を越してるって言われたの。で、お仕置きに犬にされちゃった」
尻尾をぱたぱた忙しなく振りつつ言った。
物怖じもせず素直に。
俺は何も言えない。
言えるわけがない。
目の前に際どい格好をした可愛らしい女の子にエッチなことが大好きだなんて言われて何を言い返せばいいんだか分からない。
何も言えず固まっている俺にありすは首をかしげながら聞いた。
「ねー名前教えて」
「俺の…?」
「うん♪」
「充だけど…?」
「へー充って言うんだ。じゃぁさ、充」
ありすは嬉しそうな表情を浮かべながら俺ににじり寄ってくる。
…嫌な予感。
「挨拶代わりにありすとエッチしようよ♪ねっ?」
ありすの手が俺に伸びてきて、俺が逃げる間もなく軽いありすの体が俺の上に乗った。
おいおいちょっと待てよ…。
俺の意見は聞く気ないのか!?
フローリングの冷たい感触が俺の背に伝わった。
少女に押さえつけられてるってのも情けない話だな。
俺の腹の上でありすはシャツの裾を掴み捲り上げる。
「おいっ!ちょっと待てって…!!!!」
起きあがった俺は、シャツの下の肌を惜しげもなく晒すありすの手を慌てて掴んだ。
「何を待つの?」
きょとんと見上げてくるありす。
犬の時もくりんと黒目がちで大きな目だったが、人間の顔をしている今もたいして変わらない。
見上げてくる目はくりんとしていて小動物を思い出させる。
そんな視線に応えるためその目を見返すと身長差から必然的に見下ろす形になってしまう。
困ったことに、見ようと思わなくても白い首許や丸い胸が視界に入ってきてしまって俺は視線を泳がせた。
「何をって…その、だから…そんな良くも知らない女の子と出来る訳ないだろ……」
別段ありすに倫理を説くつもりではなかったが、さっきから立て続けに訳わからないことが起こって挨拶代わりにエッチしようなんて言われても…胡散臭いことこの上ない。
「後でゴーカンされたとか言って強請るつもりじゃないだろうな…?」
「なんでそんな必要あるの?ありすはここしか行くとこ無いよ?」
「そ、そんなの何とでも言えるだろー…」
「…」
俺が疑いを口にしたらありすはすっと俯いて黙った。
正論を言っていると思うのに、悲しそうな顔をされたら何故か俺の言い分が悪かったような気になってしまう。
しばらく俺はありすの腕を掴んだまま、そしてありすは俺の目の前で俯いたまま、沈黙が流れていた。
先に沈黙を破ったのは…ありすだった。
「…そんなにありすが嫌なんだったら……無理にとは、言わない」
まだ俯いたまま悲しそうな声で、俺の膝の上から立ち上がった。
そのまま無言で踵を返したたたっと小走りで玄関に向かおうとしてるのが分かった。
玄関…!?
「ちょっ…」
俺は慌ててその後を追う。
ちょっと待て。
その格好で…俺のシャツを羽織っただけの格好で出て行くつもりか!?
それは世間体として俺がものすごく困る。
「ありす!ちょっと待て!!」
玄関のところでありすの腕を捕まえた。
まだありすの手は玄関にが届いていない…。
俺は胸をなでおろす。
「…何を、待つの」
「いや…その格好で出てくつもりかと思って…」
「何か変?この格好。確かに少し暑いけど」
変も何も…!
後で変な目で見られるのは多分俺だ。
………ていうか、暑い?
「…暑い…?」
「うん。ありすはこんな厚着しないよ。袖きらーい」
薄いシャツ一枚しか着てなくて…暑い?
11月に聞く言葉じゃない気がした。
「充、まだありすに何か用?」
「…いや、えっと…」
「ありすのこと、ここに置いてくれるの?」
「…う」
ああ、どーしよう。
可愛いし邪魔にはならないし彼女に振られたばっかだし別段ありす一人くらい増えても支障なさそうだし。
だけどもしかしたらただのイタズラかもしれないし突拍子も無いことを信じるのは阿呆かもしれないし。
返事をどうしようか迷いまくる俺にありすはそっと視線を投げた。
「充はさ」
「…何?」
「充はさ、ありすのこと特別に飼ってやるって言ったじゃない?」
「!」
確かに拾う時にそんなことを言った気がする。
「その時に言ったけど…寂しいんでしょ?」
「…!!」
まあ振られたばかりで確かにそれもそうだった。
一人で家に帰るのはなんだか情けなかったし、落ち込んでいたから。
ありすを見たときこいつも一人かとか、そういうくだらないことを考えながら抱き上げたんだと思う。
黙り込む俺の顔をありすは覗き込んで少しだけ微笑を浮かべた。
「ありすも、寂しかったんだよ。充が見つけてくれて…ありすとっても嬉しかったの」
ありすの手がするりと俺の背に回り、抱きつく形ですがりつく。
髪から独特の女の匂いがして突き抜けるような衝動が俺の内部に走ったのを感じた。
その刹那、俺はありすを抱き返していた。