大丈夫、きっと見つかる。
運命なんてきっと変えてゆける。
0010/運命攻略法
どぷりと、赤い色が溢れて。
力なく、腕は床に投げ出されて。
「あ・・・ぁ・・・」
体が震える。
どろりとした何かが体の中を這いずり回る。
酸素を肺が受け付けない。
その水の鞭はしなやかな見た目に反して、先端でを貫いていた。
腹から背中にかけて貫通したそれは、しかし血に塗れる事もなく透明な光を放っている。
「・・・間に、合わなかった・・・」
ただ、呆然とする。
なんだろう、苦しくて涙も出ない。
ただただ体を投げ出したから目が離せない。
「間に合わなかった・・・!」
きっと計るタイミングを間違えた。
無知がを殺してしまった!
震えて動けないをセレビィが覗き込む。
だけど掛ける言葉が見つからない。
サンダー、フリーザーに続いてファイヤーまでも。
嗚呼、この世界に自分が呼び出されたせいで。
ディアルガとパルキアも何ともいえない表情で立ち尽くしていた。
最後の一匹を手に掛けてしまった事実。
一人、ただ一人、クルトだけが満足そうであった。
凍りつくこの場に置いて一人だけ微笑みを湛え、ゆったりとした動きでドアを開けると外にいたローブの男に何やら命令している様子。
それを聞き取る余裕も無い。
恐る恐る立ち上がりようやっとの傍による。
まだ温かなその体を何とか抱き上げて、顔を覗き込んだ。
「・・・・・・」
ぴくりとも動かないそれに、は改めてが死んでしまった事を理解する。
その理解は緩やかにの意識を満たし、目から熱い涙を溢れさせた。
「・・・、」
呼んでも勿論返答は無く、溢れる涙がの頬に落ちていく。
「・・・あたしの所為で・・・」
「いいや、娘、お前の所為ではない」
「そう、誰の所為というわけでもない」
見上げれば無表情に立つ二匹がを見下ろしていた。
ディアルガはそれでもかなりダメージを受けているようで、少し疲れたような風でもあった。
「・・・誰かの所為というなら私の所為だろうね」
暗い声が聞こえては振り向いた。
「トラウゴット先生・・・」
「クルトに呼ばれて来て見れば・・・こんな事になっていたとは・・・」
の血で汚れた服。
涙の溢れる頬。
やはり時という領域は触れてはいけないところだったんだ。
好奇心に負けた自分に怒りを覚えると共に激しく後悔の念が渦巻く。
「済まない、。まさかこんなことになるとは」
「・・・」
俯くの肩をトラウゴットは緩く抱いた。
クルトはそれを遠くから傍観していたが、やはり満足そうだった。
邪魔者が割り込んできてくれたおかげで、とトラウゴットを結ぶ良い演出になったと。
このまま上手くまとまってくれればこの後の計画はすんなり運ぶだろう。
を世界に引きとめ、自分を造られた存在ではなく元々存在した者とする。
きっとそこには幸せな世界が広がっているはずだ。
今は反発してもきっとが理解する日が来る。
ここからの選択が如何に最良であったかを。
「・・・さあ。先ずは汚れた服を取り替えよう。綺麗にした上でトラウゴットと別室に居なさい。それは僕が始末しておいてあげるから」
微笑み、投げかけられた言葉にはぎくりと体を強張らせる。
「嫌!には触らせない!!」
「、しかしいつまでもそのままではいられないだろう?」
「絶対嫌!兄様の言う事なんか聞かないっ!」
ぎゅうっとを抱く腕に力を込める。
誰にも渡してなるものか。
はもう一度を見る。
すると。
僅かに、の瞼が動いた気がした。
「っ!?」
一瞬息を飲んで、はそっと頬に触れた。
の溢れた涙で濡れた頬を。
暫らくは反応が無かったが、やがてが薄っすらと瞼を開いた。
「・・・?」
「・・・」
殆ど声は出ていなかったが、唇の動きで名を呼ばれたことが判った。
嗚呼!
生きていた。
は生きていた!!
「・・・間に合ってたのね・・・!」
歓喜の声にクルトの表情が変わる。
まだ、生きているのか。
あの攻撃を受けて。
「ディアルガ、パルキア!!早く殺してしまえ!!」
クルトの声が部屋に響く。
その瞬間、傍で見守っていたディアルガとパルキアの表情が僅かに強張った。
そして鋼の爪と龍の爪を振り上げる。
は動かない。
巻き込まれても良い。
の代わりにその爪を受けても良い。
もう死んだと思っていた。
もう名を呼んではもらえないと思っていた。
だけど生きていた。
嬉しくて愛しくて。
離れたくなかったから。
やはり、全てがスローモーションに見えた。
黒い意識から目覚めた瞬間に、途切れる瞬間捜し求めた顔があって。
何かを叫ぶ耳障りな声が聞こえて。
自分を抱く少女に向かって凶器の爪が振り下ろされようとしていて。
そして何か温かな力が自分の中に湧き出していて・・・。
ガシッ・・・
「・・・クソ、気絶してたぜ。だせぇな」
「ふ、あの攻撃で死なぬか」
「小生意気な鳥よ」
「けっ、女の前で恥じかかされた分はきっちり返してやっから覚悟しろよ」
にやっと笑うに、無表情だった二匹も笑う。
に届く前にその腕を掴んで攻撃を止めたは一度死に掛けたとは思えない程だった。
「間に合ってたのね、こらえるっていう技」
「おう。やるじゃねぇか。あんときゃ絶対ダメだって思ったぜ」
攻撃が当たる間際に、がに使わせた技。
確かにギリギリのタイミングだったけれど、効果は発揮していたようだ。
「で、次が羽休めな。良く思いついたな」
「ん・・・ちょっと協力者が居てくれたおかげでね」
言ってはにっこりと笑う。
体の戻り具合としては、全部回復したわけではないらしいけれど、これならばまだ戦える。
「・・・二度は出来ないようにしてやろう。パルキア、回復封じだ」
クルトの命令でパルキアがに回復封じを使った。
その瞬間の頭の中の羽休めを使わせる方法がもやに掛かったような不可思議な感覚になる。
「・・・何、これ」
今まで出来ていた事が出来ないというのはもどかしく気持ち悪い。
だけど何故か使い方がわからない。
本当はもう一回使っての傷を全部治してやりたかったのに。
「これで十分だっつーの。ビビってんじゃねぇぜ、の兄ちゃんよ」
しかし同じ戦法が使えないとなれば、次に致命的な技を受ければ負ける。
「、ありがとな。もう大丈夫だから離れてろ。トラウゴットお前もだ」
「・・・ん・・・」
「ああ」
少し名残惜しそうにから離れ、とトラウゴットは壁際による。
そしてまたしても二対一の戦いを始めた三匹を見ながら呆然と呟いた。
「・・・先生・・・あたし、先生とは結婚できません」
「・・・ああ、判ってる」
「・・・・・・一つお願いがあるんですが・・・良いですか?」
「内容によるなぁ」
二人は何処か心あらずで会話をしていた。
は兎に角を目で追うのに必死だったし、トラウゴットはクルトの所作を見据えている。
しかしの言動はそんなトラウゴットの興味を引くには十分だった。
「セレビィをあたしに譲ってください」
「・・・何・・・!?」
思わずクルトから視線を外しを見る。
「あの二匹を倒す為に必要なんです。・・・安心してください、時間には触れません」
「・・・・・・本当に、時間には触れないのか?」
トラウゴットの念を押す言葉にすらは視線を返さない。
しかしはっきりとした口調で言った。
「その所為でがどんなに傷ついたかを見たあたしにそんな念を押すんですか?」
「・・・」
「先生、お願いします」
強い口調に促され、トラウゴットは少し俯きながらも。
了承した。
「・・・では。私のセレビィとの契約の全てを君に譲渡しよう」
小さく呪文を紡ぎトラウゴットはセレビィの一切をに渡した。
クルトはばかりを追っていて気付いてはいないようだった。
「・・・先生、ありがとうごさいます」
はにっこりと笑って声高く命令を下す。
「セレビィ!念力!!」
「!?」
の声にクルトは驚いてセレビィに目を移す。
何故がセレビィに命令するのかも判らない。
しかし目の前でセレビィが念力を出そうそして居るのはわかった。
「!無駄だ!念力の対象は一匹のみ、どちらかの足止めをしてもセレビィを支配下に置けば済む事!!」
「判ってるわ、兄様・・・!だから念力の対象は・・・兄様よ、セレビィ!!」
が叫んだ瞬間、クルトだけでなくディアルガとパルキアの動きも止まった。
神の声が途切れたのだ。
「今よ!!大文字!!」
何もかもが一瞬停止したその瞬間をは見逃さない。
火炎放射も比にならないほどの炎が燃え上がりディアルガ目掛けて襲い掛かる。
流石にまともに食らったらまずいと思ったディアルガは龍の息吹で勢いを弱めようとしたが。
殆ど抵抗無くそれを受けた。
クルトからの神の声を振りきるのならば戦闘不能になるのが一番良い。
「・・・ふ、娘・・・なかなかやるな」
少しだけ嬉しそうにディアルガは笑って、緩やかに倒れた。
一同、呆然とそれを見る。
まさか、ディアルガが倒されるとは。
半分は自ら望んで倒されたのであろう。
しかしそれでも、そこまでもファイヤー一匹でディアルガを追い詰めるとは。
「・・・っ」
念力で縛られたクルトは苦しそうにを見つめる。
そんなにも逆らうか。
そんなにも否定するか。
この造られた存在を。
「・・・っう・・・兄様・・・」
びくりとが苦しそうな表情になる。
クルトがセレビィの主導権を取り返そうとしているのだ。
の記憶にある兄は優秀で、自分は何の才能もなかった。
そんなクルトと張り合えば、負けるのは当然である。
ディアルガがいなくなった分魔力の供給をセレビィへ注げる。
いとも簡単にセレビィはクルトに取り返され、は主導権を失った。
「くっ・・・セレビィ、早く念力を解け!」
クルトの命令でセレビィは念力を解く。
解かざるを得ない。
「・・・、何故僕の言う事を聞いてくれないんだ。このままだとお前は消滅してしまう」
「兄様、未来は何一つ決まってはいないよ。セレビィも言ってたじゃない。あたしが消滅するなんて保障、何処にもない」
自信に満ちた笑みを浮かべ、は言い放った。
そう、もし仮に兄の言う事が本当になるのだとしても。
まだそれで世界が終わったとは限らない。
全力でそれから守ってくれるであろう翼を見つけた。
だから何も。
運命ですら攻略してゆける。
「あたしトラウゴット先生からセレビィの契約を全て受け取ったわ。兄様、今はあたしと兄様がセレビィの召喚者だよ」
「それが如何した・・・。僕から主導権を奪えると思ってるのか」
「・・・判らない。でも、これで最後にします。これ以上は・・・辛すぎて耐えられないから」
言って、の方を向いた。
「、日本晴れだよ!窓から出て元の姿で雲を掻き消して!」
「お、おう!!」
の言葉にだっと駆け出す。
そして窓枠を蹴る瞬間には大きな炎の鳥の姿に変わっていた。
「ソーラービームを使うつもりか・・・!セレビィ、パルキアを連れて追え!」
言われたとおりセレビィがパルキアの手を掴みを追う。
目の前のは高速移動でぐんぐん空へ駆け上りその大きな炎の翼で見る間に雲を掻き消し始めた。
「パルキア!亜空切断で距離を縮めて切り裂け!」
翼を振るうの前の空間が勢い良く裂ける。
そこから覗く腕は既に人型のものではなく、窓から見上げるにもパルキアが炎の鳥となったと対峙する為に元の姿に戻ったのだと判った。
しかし雲も既に消え、強い日差しが三匹を照らし出している。
その光を一身に集めては空を滑空し、パルキアの姿をうかがっていた。
亜空間にいられては狙いをつけられない。
如何にかして出てきてもらわなくては。
勿論それはにも判っている。
「!そのままソーラービーム状態を維持して!!」
必死で叫んだ。
大空のに聞こえたかどうかは判らなかったけど。
そのままへの魔力供給を止める。
はに使っていた神の声による力を全てセレビィに使おうとしたのだ。
勿論リスクはある。
今までの力で発動されていた高速移動が使えなくなる。
見上げると急にの動きが鈍くなったのが見えた。
がくんとスピードの落ちたの様子をクルトが見逃すはずは無い。
「パルキア!!亜空間から出てもう一度アクアテールだ!!」
しかし同時に、も叫んだ。
もう魔力が全部枯渇しても構わない。
その所為でを現世に維持できなくなってしまっても、離れ離れになるのだとしても。
きっと世界を修復するから。
が何も無かったように暮らせるようにして見せるから。
最後に、その炎の翼に見た未来を、兄を超える強さを頂戴。
「セレビィ!!パルキアを念力で押さえて、お願い――――・・・!!」
悲鳴にも似たその声が届いたのか。
それとも最後にが兄を押さえ込んだのか。
ぴたりとパルキアの水の鞭が動きを止めた。
嗚呼。
「・・・よくぞ、やった。ファイヤー、セレビィ」
「へっ、当然だろうが」
の動きがやけにゆっくりと見える。
必死で押さえ込んだのであろう、セレビィの指が痛いほど自分の体を掴んでいる。
輝く光線がパルキアの体を突き抜けて。
眩しい光に囲まれたは正しく太陽の化身様。
クルトがずるりと体を崩し、も力が抜けたようにへたり込む。
嗚呼、。
貴方は勝った。
目映い光の中を滑空する姿に、涙が溢れた。
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まあ、あの、ご都合主義に色々突っ込みはあると思うんですが勘弁してやってください。