黒い、黒い世界。
0009/黒
念力に縛られたこの体で原始の力を受ければ致命的だ。
「クソ・・・っ」
急襲してくるセレビィの念力を必死で振り解こうともがく。
「高速移動で避けろ、ファイヤー!!」
「るせェー!じゃあ念力解きやがれ!っつーか高速移動なんか忘れちまった!」
幸い先程のリーフストームで威力の落ちた念力は、更にセレビィが原始の力による攻撃態勢に入ったことで弱まっていた。
何とか念力を振り解き、体勢を整えようとセレビィに向かい合う。
・・・が。
やけにスローモーションに見えるセレビィの腕は、もうの目の前で。
ヤベェ・・・避けら、れ・・・な・・・
既に当たると判っていながらも体は反射的にを抱いたまま後ろへ飛びすがっていた。
せめて。
せめて致命傷だけでも回避できれば。
ダァ、ァァァ・・・ン!!!
物凄い勢いで振り下ろされた腕が床にまで当たり轟音を立てる。
表情を強張らせたままセレビィは自らの腕を見た。
小柄ながらも全体重と全ての力を乗せたのだ。
当たっていれば、或いは。
ぞっと背筋を凍らせてセレビィはクルトを睨みつけようと顔を上げた。
それが彼に対して効果があるとは思っていない。
ただ、そうでもしないと気が治まらない。
血の気の引いた顔を緩慢な動作で上げる。
と、そこには。
「・・・ま、間に合った・・・」
同じく血の気を引かせたと。
「・・・、ッ」
苛立った表情を浮かべて二人を睨み付けるクルトの姿がセレビィの目に入った。
「・・・兄様程優秀じゃないけど、あたしも神託召喚士だよ、兄様」
「・・・知っているさ。そんなにトラウゴットとの結婚が嫌か?人外のものを好きだと嘘を吐いてまで」
「嘘なんかじゃない、あたしはが好きなの!!トラウゴット先生に対する尊敬と憧れの情とは全然違う・・・!これが本当の恋だって気付いたの!!」
「・・・仮にそれが本気だとして人外との愛が許されるとでも?」
「・・・そうね、そうかもしれない。でもあたし達の間に生まれた愛に一体誰の許可が必要なの?お互いが認め合って好きになったのなら、それで良いじゃない」
愛し合ってしまった事実を、許す許さない等と軽い言葉で。
一体誰に。
止められると言うのか。
他人を愛した事のないこの兄の言葉なら尚更。
拘束力など、皆無に等しい。
真剣な眼差しを向けてくる妹を、クルトもしっかりと見つめ返す。
見つめ返した目は固い意志を映し出しており、密かにたじろいだ。
「・・・、僕はお前に幸せになって欲しいんだ」
語気を緩め小さい声でクルトが呟く。
「人外のものと恋に落ち、いつかきっとお前は気付く。それが如何に歪んだ愛であるかを。そして深い悲しみにくれて傷ついた心で残りの生を歩む事になる。、目を覚ましなさい。お前はトラウゴットと結ばれてこそ幸せになれる」
「兄様、気持ちをは凄く嬉しい。あたしのことを考えてくれるのも、判る。・・・でもあたしの幸せはあたしが決めます。自分で決めた事なら後悔も怖くない」
再度きっぱりと言い放ち、そっとは首を傾げるようにして後ろのを見る。
優しく交差する視線の先の灼熱の赤。
それは穏やかに燃える炎のように流動していて、初めて会ったときと変わらず激しく優しい。
「・・・そう、か。そこまでが言うのなら・・・」
クルトは落胆の声に薄笑みを乗せて口を開いた。
「そいつを元の世界に帰せばいいな?目の前からいなくなれば諦めもつくだろう?」
「・・・帰す?でも、契約も果たされてないのに帰すことなんか・・・」
「出来るさ。セレビィの仲間がそれを叶えてくれる」
「えっ・・・」
言うなりクルトの目の前の空間ががばっと口を開けた。
そして先程が出てきたように2人の男が姿を現す。
「ディアルガ・・・パルキア・・・」
不思議なオーラを感じさせる2人の男。
はその名を呼んだを不思議そうに見た。
「仲間?」
「・・・いや、中立者だ。さっきまでは・・・」
クルトの壁のように立ちふさがった二匹のポケモン。
無表情のままにを見据える。
「ふむ、我等の召喚者でもないのに操るとは・・・人間にしてはやるではないか」
「だから言ったろう、ファイヤー。我等をあてにするなと」
「うるせー!!何でお前等そいつに存在バレてんだ!」
「ふっ、セレビィが僕に隠し事を出来る訳がないだろう。僕の命令は神の声。何一つ自由はない」
残酷な言葉にはぞくりと背を震わせた。
大好きな兄を此処まで豹変させるこの血統。
何と言う呪われた血を持って生まれてしまったんだろう。
そして自分にも流れているのだ。
後ろに立つ愛しい男を道具のようにすらしてしまうその血が。
「・・・あいつの言葉なんか気にすんなよ」
「えっ・・・」
小さく囁かれた言葉にはぎくりとする。
「さっきだってお前が高速移動発動させてくれたから助かったんだぜ。使い方さえ間違えなけりゃすげェ力になる」
「・・・」
「とっととあいつらブッ倒して過保護の兄ちゃんに俺等のこと認めさせようじゃねーか」
「・・・うん」
思わず笑みすら零れる。
大きくて温かい未来の翼の力を感じて。
あの雄大な姿に全ての可能性を見て。
そんな二人の様子を苦く見つめるのは、クルト。
「・・・ディアルガ、パルキア。あの男を元の世界へ戻せ」
忌々しそうにを一瞥し、二匹に命令を出した。
「・・・やれやれ、ファイヤー死ぬなよ」
「我等は手加減出来ぬ故」
「・・・離れてろ!」
襲い来る二匹にはを壁際へ押しやる。
次いで二匹の爪をかわす為、後ろへ飛び退いた。
「・・・流石に素早い」
「高速移動も飛行タイプも伊達ではないな」
二匹の攻撃は避けられ、代わりに傍にあったソファが大破した。
しかし二匹の猛攻は止まらない。
切り裂くように二人の爪がを襲う。
紙一重で避けるの様子には冷や汗を浮かべた。
狭い部屋で二匹の猛襲を避けることが出来るのは、ひとえにが高速移動を使ってくれたおかげだが、このまま避け続けるのにも難がある。
「・・・捕まったら、終わりだな」
下手をすれば一撃で昏倒させられ、あの男の命ずるがままに元の世界へと強制送還されてしまうだろう。
後ずさりながらは二匹を見据える。
大技を使ってこないあたりの出方を伺っているのか。
・・・それとも技に巻き込まれそうな位置に居るを気にしてか。
「・・・」
如何する。
片や炎と飛行、片や二匹のドラゴンにそれぞれ水と鋼。
嗚呼せめて今此処にフリーザーだけでも居てくれたらと思わなくもない。
どちらにせよタイプ的には抜群に良いというわけでもないけれど自分よりはマシであったろうに。
さあ、如何する。
「如何したファイヤー、遠慮はいらぬ」
「向かって来んと何も解決せぬまま元の世界だぞ」
「判ってらァ!!!」
しかし何も有効そうな技を持っていない。
決めあぐねているを見て、壁際のが叫んだ。
「、炎の渦!」
途端ぶわりと何かが込み上げるかのように湧き上がる。
軽く息を吸いそれを吐き出すと共に炎が螺旋を描きながら二匹に向かっていった。
ディアルガはそれを軽く避けたが、パルキアの方は丁度クルトの目の前に居たので避けなかった。
否、クルトが避けさせなかったのだ。
「・・・ふ、小賢しいな」
パルキアの周りを取り囲んだ炎の渦。
火炎放射に比べればかなり小規模な炎ではあるが、それでも少しずつパルキアの体力を奪うだけの威力はある。
「やたっ、当たった・・・!」
は小さく喜んでみせるが、パルキアとディアルガは困ったように溜め息を吐いた。
「・・・やれやれファイヤーも運のない。よりによってドラゴンに加え水タイプである我に当たるとは」
「まだ鋼タイプの我であれば足止めにでもなったであろうに」
そう、はまだ完全に把握しては居なかったがポケモンのタイプ的にいえば効果は1/4しかない。
「ふふふ、全くだね。パルキア、水の波動で消してしまえ」
クルトに命令されて、一瞬のうちにパルキアは周囲の水分を凝縮し波紋のようにそれを散らした。
その波紋に炎は包まれ、じゅっと音を立てて消えて行く。
「チッ・・・ディアルガはともかくパルキアはマジで厄介だな・・・」
なにせの炎が全く効かない。
「・・・考えられる手は・・・ソーラービームくらいっきゃねぇけど・・・」
ここは屋内。
勿論窓はあるけれど、光を集めるのに時間が掛かりすぎる。
しかし半端なソーラービームでは到底敵うはずもない。
「・・・」
ソーラービーム状態を維持しながら高速移動で避け切れるだろうか。
後ろでクルトがにやりと笑う。
勝利を確信したかの笑みだった。
「ディアルガ、パルキア。さっさと片をつけてしまえ。波動弾だ」
「!?クソ・・・っ」
波動弾は飛行タイプであるに効果は低いものの必ず命中する技だ。
クルトの命令にざっと二匹が構える。
「ちィっ・・・、熱風だァ!!!」
「う、うん・・・っ」
当たる確立は100%ではないけれど二匹同時に攻撃できる。
が腕をかざすとの体の周りから炎が上がり、それが翼のように背に集まって部屋の空気を掻いた。
ゴォ、と熱い空気がディアルガとパルキアに向かって吹き付ける。
「くっ・・・、流石に、熱い・・・」
その熱にディアルガは僅かに顔を顰めるものの波動弾は弱まらない。
二匹の手から現れた重力を凝縮したような弾が大きな波動を伴ってを打つ。
「っ・・・あんま効果ねェはずなのに、いってぇな・・・」
波動のぶつかった箇所を押さえながらも顔を顰めた。
だが、顔を上げて二匹を見るとどうやらディアルガに火傷を負わせたらしい。
肩の部分が焼け、皮膚が赤くなっているのが目に入った。
僅かに戦意を削いだだろうか。
パルキアの方はけろりとしているようであったけれど。
「・・・あぁ・・・あっちのパルキアとか言う魔物には全然効いてない・・・」
が愕然としながら呟いた。
あの馬車に乗る前の朝にが言った言葉を思い出す。
「タイプ的な相性で言えば水は炎に効果抜群で、氷はイマイチだろ?」
そう、逆に言えば「炎は水にイマイチで、氷は効果抜群」ということなのだろう。
此処とは全く常識の違う魔法の強弱。
水属性ははどんなに弱い魔法であろうと炎属性により多いダメージを与えるのだ。
逆に炎属性は水属性に対して強い魔法を使ってもダメージを少なくされてしまうというわけか。
それなら如何すればいいんだろう?
炎以外で・・・彼等を倒せる魔法は?
ふと、はから目を離した。
が戦っている傍らに座り込んでいるのはセレビィ。
クルトの命令はいきわたっていないのだろうか、ただじっと動かず三匹の様子を伺っている。
はそっとセレビィに近づいた。
「・・・セレビィ、貴方普通に話せる?」
声を掛けたら僅かにぎくりと体を強張らせたものの、すぐに小さく頷いた。
「あたし、の世界の事詳しくないの。如何したらあのパルキアって魔物を倒せるかな?有効そうな魔法を教えて欲しいの」
「・・・ファイヤーが一匹で倒すのは・・・かなり難しいと思うけど・・・。でもソーラービームなら・・・効果はあるかもしれない」
「ソーラービーム?」
「もともとは僕のタイプの技で、水タイプには効果抜群なんだ。タイプの一致不一致で、ホントは僕が使ったらもっと効果があるんだけど、でもパルキアにダメージを与えるならそれくらいしか・・・」
頼りない話ではあるがは良い話を聞けたと思った。
効く技があるのならば助かった。
炎で攻撃し続けるよりは有効であろう。
「セレビィ、他にの技で有効そうなものは?」
「・・・ディアルガになら炎が一番有効だと思う。ホントは地面か格闘があれば良かったんだけど・・・ファイヤーには覚えられないから・・・」
「・・・そう、ありがとう」
ディアルガが炎で倒せるのなら、問題はパルキアの方だ。
それなら先にディアルガだけでも倒してしまいたい。
二対一ではきっと勝てやしないから。
「セレビィ・・・貴方は今兄様の支配下にいるの?」
「勿論・・・大分統率力は緩んでるみたいだけど・・・。でも君らに加勢しようとすれば直ぐにばれて縛られると思う」
「・・・それでもいい!お願い一瞬だけ動きを止めて!!」
「で、でも・・・僕の念力の対象は一匹しか選べないし・・・ディアルガとパルキアのどっちかを止めてももう一匹がファイヤーを攻撃するよ?」
「そうじゃなくて・・・!」
「ファイヤー。このままだとお前の体力が先になくなると思うが」
「効かねぇ技連発するよかマシだろ!!」
「しかし何時まで高速移動を続けていられるかな」
確かに。
少しずつだが体力を削られているのが判る。
さっきの波動弾も効いている。
火傷を負ったディアルガも同じく体力が削られているのは目に見えていたが、パルキアは全く無傷も同然だ。
それに、ポケモンの技は体力の低下では威力が変わらないようなものもある。
龍の息吹に、ドラゴンクロー、切り裂く攻撃。
クリーンヒットだけは避けているものの既にあちこちに傷が出来ていた。
合間に火炎放射やエアスラッシュで応戦するものの飛行タイプの技はことごとく二匹には通用しない。
後の持ち技は炎だけ。
苛立つ精神でパルキアの水の波動を避けた瞬間、飛沫の中から腕が伸びてきた。
ザッ・・・!
硬い鋼の爪がの胸を裂き、思わず体勢を崩す。
それをクルトが見逃すはずもない。
「ぐっ・・・」
赤い色が水の波動に入り混じって、光った。
視線の先には勝利を確信したかのようなクルトの表情が。
腹立たしくも、その視界は割って入ってきたパルキアによって塞がれてしまう。
「パルキア、アクアテールだ!」
その声と同時にパルキアの体の周りの水分が、一斉に彼の腕に集まるのが見えた。
それはしなる鞭のように細くしなやかに流動して。
「・・・すまぬ、ファイヤー。せめて死ぬな」
一瞬パルキアが悲しそうな表情を浮かべその水の鞭を振り上げた。
嗚呼、いつも冷静なこいつ等もこんな顔をすることがあるのか。
そんな事を考えながらは、それを止めようと腕を上げるが、空気を掻くだけで。
何もかもが緩やかに見えた。
振り下ろされる水の鞭。
その先が透明な光を放っている事。
視線をずらした。
は何処だ。
まだ何も伝えていない。
一言。
せめて。
好きだと伝えたかった彼女は何処に居る。
ドズ・・・っ
「っ・・・」
その視界はを見つける前に黒く染まった。
=========================
高速移動は移動速度を速める技であり、回避率を上げるのは陰分身なんですが・・・御容赦ください。