裏腹に、妹は兄に抗い。
裏腹に、時を駆ける者は炎の鳥の前に立ちふさがった。
0008/裏腹
「先に断っておくが」
「我等をあてにするなよ」
ディアルガとパルキアはに向かって淡々と言った。
「何でだよ。お前等トラウゴットに呼ばれたんじゃねェの?」
「違う。我等は時と空間の修復の為にセレビィに呼び出されたまでのこと」
「その男には何の恩も義理もない。故に我等にはお前等を助ける理由もない」
全く冷たい物言いであるが二匹の存在は時と空間そのものという少し変わった条件の下に成立するので致し方ないことだとも理解している。
「ま、いいぜ。人間なんか俺の敵じゃねぇし」
身体能力も身体構造も人間に似ているが全く違う。
仮にあの魔法とか言う元の世界にはなかった能力を使われても一対一ならば負けやしない。
所詮は、人間だ。
「あてにすんなとか言ってるけどよ、この空間はパルキアが造った亜空間だろ?面倒くせェから出口作る時はの近くにしてくれよ。別にいいよな?」
「・・・構わない。何処に出口を作ろうと同じことだ」
「んでそのまま俺と回収貰えれりゃ楽でいいんだけどよ」
そのまま逃げて、はい終了。
・・・と言うわけにはいかない。
自分達にふりかかった時間干渉を修復してもらわなくてはいけない。
犬死したサンダーとフリーザーの為にも。
いきなり兄が出来てしまったという事実に戸惑っているであろうの為にも。
の兄は扉にしっかりと鍵をかけさらに魔法を施して何処かへ行ってしまっていた。
自信のあることだ、とセレビィは思うが確かに今自分に出来る事は何もなかった。
無理矢理を抱き起こして連れて行くことさえ出来ない事が判っていた。
しかし。
僅かだが、兆しが見えた。
セレビィは少しだけ安堵の眼差しで気絶したを見ていた。
硬く閉じられたその表情に懐かしささえ感じる。
確かにその表情は兄というあの男の寝顔に良く似ていた。
さて、如何する。
そして如何出る。
自分も、ファイヤーも、そしてこの少女の兄も。
実はセレビィは少し前まではこの先の時間干渉に変えられた未来すらも知っていた。
この後如何なるのか、それをセレビィは知っていたのだ。
時間を彷徨い決して留まらないセレビィは、全ての時間を知っておりまた知らないと言える存在。
放浪の中で人間達、動物達が定められているはずの未来を変え栄光を掴み取った瞬間をセレビィは幾度となく見てきた。
可能性の未来を知っていてもそれは可能性に過ぎず必ずしもそうなるとは限らない。
よってこの後創りだされていくであろう未来を、セレビィは知っていて又知らないといえる。
もしかしたら一番最良の道に変える事が出来るかもしれない。
だからそうなれば良いと思う。
自分が呼び出されたのは事故だ。
偶然が重なった事故だ。
抗いがたい歌声に誘われ流れ着いた先で起こった不幸な事故だ。
だけどサンダーにもフリーザーにも勿論ファイヤーにも・・・そしてこの少女とその兄にも悪い事をしたと思っている。
だからせめて、未来が少しでも良い方へ変わるように手助けをすることにした。
それがこの少女の未来を断ち切る手伝いであるかもしれなくとも、セレビィはこれが最良だと思った。
何処までうまくいくかはわからない。
手助けをしたつもりで最悪の結果を招いてしまうかもしれない。
それでも、何もせずには居られない。
このままではきっと全員悲しい結果になってしまうことは判っているから。
「・・・、」
僅かに顔を顰めたがゆっくりと目を開く。
その覚醒の感覚をは長い夢から覚めたようだと思った。
薄っすら開けた先にはぼやける天井が映っていた。
「・・・起きた?」
「っ・・・!?」
声を掛けられたはびくりと体を震わせる。
そこには先ほどの少年が立っていた。
緑の髪が印象的な、少年。
「貴方・・・誰なの・・・?」
「・・・僕はセレビィって言うんだけど・・・君は、君のお兄さんのこと思い出したかな?」
「兄、様って・・・クルト兄様のこと・・・?」
「そう」
思い出したとは如何いうことだろう。
自分は未だかつて兄の事を忘れた事など無いのに。
「・・・ごめんなさい、貴方の質問の意味が判らないんだけど。セレビィ・・・でいいのかしら」
「うん、セレビィって呼んで。意味が判らないなら良いよ。気にしないで」
曖昧に笑ってセレビィは少し視線を逸らした。
ああ、やっぱり。
記憶は塗り替えられてしまったのだろうか。
今まで自分の力に触れた人間は一様にクルトのいる記憶を埋め込まれ、全てを塗り替えられてしまっていた。
唯一、クルトのいるときといないときの二つの記憶を所持しているのはトラウゴットだけだった。
セレビィを召喚し、時間干渉を生み出した張本人ということが何か関係しているのかもしれないとトラウゴットはセレビィに話していた。
もしファイヤーのことを忘れてしまっていたなら。
ファイヤーはどうするだろう。
一抹の不安がよぎる。
一方のはきょろきょろと辺りを見回すと、セレビィに、
「兄様は、何処?」
と聞いた。
「さぁ。さっき何処かへ行ったきりだよ」
「そう・・・あたし兄様に呼び出されて来たのに・・・」
「そうなの?」
勿論そんな事実は100%無かったであろうということはわかるけれどセレビィはに話をあわせた。
「そう。でも何の用か何となく予想つくけど・・・」
が少しだけ困った表情を浮かべる。
「何の用だと思うの?」
「・・・多分・・・結婚の話・・・」
この一連の流れはセレビィの記憶にもある。
これはそう、セレビィの知るこの先の未来と同じだ。
だけどの表情はセレビィの知らないものだった。
「なんか、乗り気じゃなさそうだね」
「ん・・・実は、あたし婚約者が居るんだけど・・・」
「・・・けど?」
恐る恐る、聞いた。
セレビィがこれ以上ないくらい緊張しているのを、は知らない。
「好きな人が、出来ちゃって・・・」
「・・・それは、誰?」
「あの、えっと・・・って言う・・・あれ?誰だっけ・・・変だな、顔が・・・思い出せない」
・・・誰だ、それは。
紛れもなく、ファイヤーとは違う名前が出てセレビィはがっくりする。
また変なものが生まれてしまったのだろうか。
空気を重くしているセレビィには気付かず、はそれでも心なしか嬉しそうに話をする。
「遠い世界の太陽のような人なの。温かくて、ちょっと意地悪だけど優しくて。・・・でも、なんで顔が思い出せないんだろ・・・ど忘れしちゃった」
「・・・」
失敗した。
これじゃあ何のためにクルトをけしかけてとファイヤーを襲わせたのだか判らない。
未来を変えるためにわざとこの二人の到着を遅らせようと、クルトに二人の事を教えた。
結果出会うはずだったトラウゴットととファイヤーは出会わなかった。
そうやって少しずつ未来をずらして、別の未来に着地してもらおうと思っていたのに。
一体そのとか言う人物は誰だ。
「・・・なんか、ややこしくなっちゃったかな・・・」
結局がファイヤーの事を覚えていないのであれば、ファイヤーが彼女を助けに来たって意味がない。
それに、ファイヤーはちゃんと生きているのだろうか。
クルトの部下が連れ帰ってきたのはだけだった。
ディアルガとパルキアとトラウゴットが如何にかしていてくれればいいけれど、最悪の場合・・・。
「・・・」
いや、そんなことを考えるのはよそう。
セレビィは頭を軽く振って考えを打ち消す。
それにしてもその男の存在が気になる。
割って入ってこられたらますますややこしい。
どうしたものかとセレビィが考え込んでいると、突然部屋のドアががちゃりと開いた。
「起きたかい、」
「兄様・・・」
浮かない表情でクルトを見上げる。
セレビィもクルトを見た。
「兄様、あたしを呼んだ理由を・・・教えて」
「・・・多少は予想がついているんじゃないかな?」
不敵に微笑むクルトをは真っ直ぐ見た。
セレビィも僅かに視線を寄越した。
は、しかし何も答えない。
ただ当惑の表情でクルトを見つめるだけである。
石の様に固まるにクルトが先に口を開いた。
「・・・僕とトラウゴットの研究とその成果が世に認められた。そろそろ、トラウゴットと結婚しなさい」
「・・・やっぱり、その話・・・」
落胆の色を濃く滲ませて、は視線を逸らした。
「如何したんだ?あんなに乗り気だったろう」
「・・・」
「、何があった」
「・・・」
言いよどむにクルトは語気を強める。
「・・・言いたいことがあるならはっきり言いなさい」
その声音にぎくりと肩を震わせる。
しかしやがて決心したようには口を開いた。
「・・・兄様、あたし・・・トラウゴット先生とは結婚しません」
「何だって・・・?」
「好きな人が出来たの。・・・先生よりも、もっとずっと好きな人が」
手を震わせながらもは凛とした声で言った。
はっきりと、きっぱりと。
セレビィの見た未来にはない筋書きだった。
思わず少しだけ口角が上がってしまったが、クルトはの言葉に驚きすぎていて気付かなかった。
これは、違う。
セレビィが自分に教えた未来と、食い違っている。
「・・・、その男は召喚士かい」
「・・・違うわ。でもあたしには、太陽のような人なの。温かくて大きな、あたしを全て包み込んでくれる未来への翼を持った人」
恋心を知った少女の顔で、男の話をする。
そんなはセレビィの未来の話に無かったことだ。
何故、如何して。
何時の間にこんなことに。
クルトの視線がぎらりとセレビィに向けられる。
「・・・セレビィ、如何なってる?!お前の予言が外れるなんてそんな馬鹿なことが!」
「・・・最初に言ったじゃない。僕の見る未来は全部可能性の未来だって。半分は現実だけど半分は夢も同然。何かのショックで変わってしまう。例えば君が生まれたように」
「っ・・・!」
造られたものという自覚はある。
だからクルトは一瞬言葉に詰まった。
そうだその通りだ。
だけどこのままトラウゴットを引き入れてを守ればそれが全て現実になる。
造られた存在であろうが何であろうが、今存在している事は事実であり永続的に続けば夢と消える事も無い。
「、言うとおりにするんだ。召喚士でない男との結婚なんて、僕たちの血統では許されないことだろう」
「血統を守って何になるの?それにあたしと彼ではそれ以上に許されない事もあるのに」
言った後でははっとする。
と自分の許されない関係。
嗚呼そうだ、何故忘れていたのだろう。
彼は魔法生物で自分は人間だったんだっけ。
だけどそんなことには取るに足らない問題だと思えた。
だってこんなにも愛しくて、恋しくて。
体中が熱くなるような想いがある。
異種族の二人が想い会えたことは奇跡にも近い。
「兄様ごめんなさい、あたしと町に戻る。トラウゴット先生とは結婚しない」
「だめだ、許さない」
即座に帰ってきたクルトの苛立ちのこもった言葉には溜め息をついた。
そして僅かな哀れみを込めた視線で。
「・・・兄様は・・・人を愛したことがないのね」
しかし同情交じりのその言葉はクルトの苛立ちに油を注ぐ結果となった。
「・・・っ」
ひゅっと、クルトの腕が空を切る。
嗚呼打たれる、と思い反射的には肩を竦めぎゅっと目を瞑った。
しかしぱしっと小気味良い音はしたのに、全く痛みが来ない。
何故、と思いそうっと目を開けると、後ろから伸びた手がクルトの腕を掴んでいたのだ。
「・・・何?」
「え・・・っ?」
ゆっくりと振り向くと空間の裂け目から腕が伸び、クルトの手を掴んでいる。
異様な光景には目をぱちぱちと瞬かせた。
次の瞬間がばっと裂け目が大きく割れ、ぞろりと男が出てくる。
「テメェ、俺の女に何しやがる・・・!!」
裂け目から現れた男を見て、は笑みを零しセレビィは驚いた。
「!」
「ファイヤー!」
殆ど同時に叫ばれた言葉にはをセレビィを交互に見た。
「無事かよ、お前等」
僅かに意地悪そうな笑みを湛えの背後に現れた男。
クルトは直ぐに腕を振り払って少し後ずさる。
「!どうやったの?移動方陣も無いのに空間から現れるなんて!」
「・・・パルキアの亜空間に居ただけだ」
「何それ、新しい魔法論か何か?」
「・・・」
嗚呼この少しずれた会話の懐かしいこと。
未だとはこの世界に存在しているという事実以外何一つ繋がりが無い。
そう、共有できる心さえ。
そんなのは嫌だ。
折角芽生えたこの暖かな気持ちをこんなところで手折られて堪るものか。
明らかなる敵意を剥き出しにはクルトを睨み付けた。
クルトも僅かな距離を隔て、を強い視線で見ている。
「・・・セレビィと解放するってんなら苛めないでいてやるぜ?」
「・・・ふ、見たところ只の人間のようだが。神託召喚士に敵うと思っているのか?」
「そりゃ俺の台詞だぜ。人間如き俺の敵じゃねェ」
は言うなり息を深く吸い込み、クルトに向かって灼熱に燃える息を吹きかけた。
只の人間だと思っていたクルトは僅かに驚いた表情になる。
「っ、ファイヤーブレスか・・・」
「火炎放射だ!!ダセェ呼び方すんじゃねぇ!」
そういう問題かと、後ろで見ていたセレビィは僅かに笑む。
しかしそれは一瞬のことで、直ぐにセレビィの表情が強張った。
その間にも巨大な炎がクルトを飲み込まんと勢い良く襲い掛かる。
しかしクルトは眉一つ動かさない。
「・・・こんなもの」
薄笑みを浮かべたクルトが何かを呟いた瞬間。
ザァっと何処からかともなく無数の葉が舞い上がり、クルトの前に壁を作った。
同時に炎を包み込む。
「・・・何・・・?」
勿論炎を包み込んだ葉は燃え、全て落ちてしまったが炎がクルトに届くことはなかった。
「・・・あの技は、リーフストーム・・・?」
呆然としながら後ろにいるセレビィを顧みる。
セレビィは表情をきつく強張らせ、を見ていた。
「・・・何でお前が俺を攻撃するんだ・・・?」
「・・・ごめん・・・僕は、クルトの命令を・・・裏切れないんだ」
申し訳無さそうに俯くセレビィ。
「何でだよ!?」
「・・・神託召喚士とは良く言ったものだね、。正しく神の声だよ。何故か召喚者の命令には抗えない。事戦うことに置いては特に」
「・・・・・・どういうこった」
は抱き寄せたを見るがは何も答えない。
ただ気まずそうに視線を逸らすだけ。
それを見たクルトが薄笑みの張り付いた表情で代わりに口を開いた。
「僕らは殆ど魔法を使えない代わりに自分で召喚した魔法生物を意のままに出来るんだよ。更にその魔法生物の最大限の力を発揮させることが出来る――例えば君らは何故か常時4つの攻撃方法しか使えないらしいが僕達なら君たちの使える技とやらを全て使わせることが出来る」
こんなふうにね、とクルトがまた何やら小さく呟くとは体の自由が効かなくなったのを知った。
「くっ・・・」
「さっきの攻撃でかなり威力は落ちているが・・・十分に効くだろう?」
サイコキネシスとまではいかないが強い念力で動けない。
そんなを見てクルトは満足そうに微笑むと、そっとセレビィに命令した。
「・・・セレビィ、原始の力だ」
一瞬にしてタイプの相性を見抜いたクルトに戦きつつも、セレビィは抗えぬままに腕を振り上げた。
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ファイヤーブレス=ファイヤーの息。
これが技名だったらかなり恥ずかしいな。火炎放射で良かった良かった。