それはまるで、太陽と月のようで。
0005/すれ違い
それから三日後の昼前。
やはりの見立てどおの三日を消費してようやく街についた。
歩き詰めでかなり疲れているものの、そんなことを言っている場合でもない。
「・・・やっとついたぁ・・・」
疲れた様子のと存外けろりとしている。
それもそうか、人間と魔物では体力の差がある。
「で?こっからどうするんだ」
「ん、先ずはご飯食べようか」
三日の野宿に体は温かな食べ物にとても餓えていた。
「あ、またこんな時に、って顔してる」
初日のことを思い出しては笑う。
「・・・してねぇよ」
「ホント?でもちょっと眉間に皺よったよ」
「・・・」
こんな時に、と思ったわけではない。
だけどこれ以上の傍に居るのが嫌だという気分はあった。
「ごめんね、ご飯食べたら直ぐにトラウゴット先生の所へ案内するから」
「・・・おぅ」
兎にも角にもは疲れていて、少し休みたかった。
だからが素直に了承してくれて実はほっとしたのである。
街の入り口の程近くにある店を見つけてとりあえずそこに入った。
二人して非常食を食べていて気付いたのだが、この世界の人間の食事は無毒でが口に入れても平気なようだった。
がてきぱきと注文を済ませ、不思議そうにを見る。
「そういえば、何で最初に木の実しか食べないって言ったの」
「人間の食いモンは有毒で俺達が食えるようなモンは少なねぇんだ」
その言葉にが首を傾げる。
何故有毒なのだろう。
結局どの食べ物だって元は木の実だったり動物の肉だったりするじゃないか。
「あっちの世界じゃ、人間は食いモンの中に毒を混ぜて食うんだ」
「・・・何で」
「そっちの方が味が良くなったり、楽出来たり、保存がきくようになるからさ。人間には微小で害が無くとも俺等にゃ有害だからな。そんなモン食わねェ」
のいた世界って一体どうなっているのだろう。
何となく自分には及びつかない世界だとは思う。
間もなく運ばれてきた食事は温かそうな湯気を立て、空腹のを喜ばせた。
「うわぁ、美味しそう!」
動物の肉を小さく丸めたものに野菜と熱い油をかけたサラダのようなもの。
薄く白い皮の中に野菜とミンチをあわせた物を詰めて蒸し、酸っぱいたれをかけたもの。
ぱりっと揚げた鶏肉に甘いたれとネギをたっぷりかけたもの。
ふわふわと卵の浮いた澄んだスープの中に細い麺が泳いでいるもの・・・等々。
「頂きます!」
いち早くフォークを掴み鶏肉に突き刺す。
熱い肉と甘いたれが良く合って香ばしく非常に美味しかった。
実は気持ちの為に果物なんかをちょこっと頼んだりもしてあったのだけれど、結局不慣れにフォークを握った彼もサラダの方を美味そうに食べていた。
「ああっ、。こぼしちゃ勿体無いよ」
ぎこちなくフォークを使うがぽろぽろと細かい葉を落とすのを見咎めては席を立った。
そしての隣につめて座る。
「な、何だよ・・・」
「持ち方教えたげる」
ぎゅっと詰め寄られ僅かに逃げ腰になったの手を掴み、自らの手を重ねた。
「握るんじゃなくて、こう、こう持つの」
正しく持ち直させられ、鶏肉の刺さったソレを口許に持ってこられた。
食べるべきなのか迷って結局食べずにちょっと無理矢理手を下ろす。
それにこんなにくっつかれて平静に味を確かめる事も出来そうに無かった。
「・・・っ、判ったから離れろよ・・・!」
「え、でも大丈夫?」
「ヘーキだ・・・っ!」
というか持ち方なんか実は如何でも良い。
だけどが傍にいすぎて色々と大丈夫なものも大丈夫じゃなくなりそうだ。
は少し気がかりそうにの手元を見、しかし席を立った。
そして食事は再開されたけれど。
やっぱりのフォークさばきはお世辞にも上手とは言えず、をやきもきさせた。
「あー美味しかった」
短い休息ではあったけれど温かい料理に腹が満たされたおかげで心持ちは随分穏やかになった。
こういう時人間も結局動物なのだなと実感する。
「じゃ、今度こそトラウゴット先生の処行こうか」
「おう」
心なしかも穏やかな声で答えた気がした。
美味しい料理というものはかくも気分を上手く操るものなのだ。
「ここからはそんなに遠くないから」
「まあ・・・もう街中だしな。つっても随分広そうな街だけどな」
の住んでいた所よりもかなり広そうだと思った。
上から見れば一目瞭然なのだろうが。
「ここら辺では一番広い街だもん。学術総合研究所があるし」
「・・・なんだそりゃ」
「色んな学問の研究所が一箇所に集まってるの。だから学術『総合』研究所。王都とかとはまた違って、学問の分野で栄えてる街だね」
「ふーん・・・」
あまり興味なさげなの言葉。
それもそうだろう、生まれてこの方学問などというものには全く触れたことが無いのだから。
「トラウゴット先生は召喚学の第一人者だよ。あたし以外にも何人かお弟子さんがいるんだ」
「何人か?なんか少なそうだな」
「ん・・・少ないの。召喚士がまず凄く少なくて・・・。血統に凄く左右されるから、血縁者に召喚士がいないと絶対召喚士になれないんだ」
「そーか?上手いことやりゃぁ増えそうだけどな」
ポケモンの中でも少ない種、多い種色々あるが時折人間の手により異常に殖やされたりする。
徐々に落ち着きを取り戻して行くが、人間が人間にその力を振るえば殖やす事など造作も無いのではなかろうか。
「うーん・・・まあ、色々あるの。で、あたしは珍しく一族全体が召喚士なのね。召喚士の父親と母親から生まれて、ゆくゆくは召喚士と結婚するつもりだし」
最後のほうのの言葉はかなり小さくなっていたけれど、はっきり聞き取れた。
「・・・」
はその言葉に返事をしなかった。
しなかったというよりは出来なかっただけだった。
しかしそんなの反応に、勝手に言っておいては何となくばつが悪かった。
呆れられたかと。
親の敷いたレールの上をただひたすら走っているだけの自分に、今隣に立つ孤高の炎の鳥は愚かと思ったのではないかと。
「・・・あ、あの大きな家だよ」
気まずいかな、と思った時にトラウゴットの家が見えてはほっとした。
の指差す方には一軒の大きな家。
今度は二階建てで、カントーにある標準的な家よりも少し大きくを何となく懐かしい気分にさせた。
しかし良く見ればやはり壁は土だし、屋根も何かを葺いてあるようだ。
「でかい家だな」
「でしょー?やっぱトラウゴット先生程になると全然違うのよね」
程ってどういう程なのだろう。
カントーで言うオーキドとかなんとか言われる博士みたいな感じだろうか。
玄関戸もこれまたかなり大きい。
が先に立ち、玄関の扉の大きく丸い取ってのようなものをかつかつと鳴らす。
初日の伯母の家でも同じ事をやっていたのをは思い出す。
そして、よくもこんな軽く叩いただけで家のものが出てくるのだなと感心すらした。
ややの後、重そうな扉が開き中から若い男が出てきた。
想像よりもかなり若いその男には少し面食らう。
「おや、じゃないか」
「あ、お久しぶりですー」
にこやかに話すに面白くなく思いつつ、は睨むようにして男をためつすがめつした。
まあまあの顔立ち。
背は高い。
身なりはかなり簡素だ。
「・・・チッ」
しかしの中では自分はきっとこの男よりも格下なのだと思うと言いようも無い嫌な気分になった。
そんな風に勝手にが気分を重くしていると、がこんな事を言う。
「で、あたしトラウゴット先生に会いに来たんですけど、取り次いでもらえますか?」
「嗚呼、残念だけど先生は一ヶ月程前に総合研究所に行ったきりなんだ。三日前に一度帰ってきたんだけどね・・・悪いけど研究所の方へ行ってもらえるかい?」
危うくはこけそうになった。
何だこいつが目的の男じゃなかったのか。
「ええっ、三日前・・・?それって・・・」
馬車が順調に動いていればタイミング良く会えたわけだ。
重ね重ねあの盗賊どもは余計な事をしてくれたと改めて怒りが湧いてくる。
しかし過ぎてしまったものは仕方がない。
「判りました。じゃあ総合研究所を訪ねてみます。学科は召喚学科で良いんですよね?」
「ああ。もしかしたら時間学あたりにいるかもしれないけど、研究員に聞いたら判ると思う」
「はい。じゃあ失礼します」
ぺこっと頭を下げて礼をすると、男も笑顔で応え家の奥へと帰っていった。
ああ、それにしても。
「・・・タイミング悪ィな」
の言葉にも頷く。
「総合研究所って何処だ?」
「うぅ・・・結構遠いの・・・。夕方までには着くと思うけど・・・」
いいつつがすと指をさした。
かなり遠くに巨大な建物が見える。
「あれが総合研究所」
「・・・・・・遠いな」
見るだけでげんなりする。
しかしそれが目的であり恐らく終着地なのだから行かねばなるまい。
は今ほど自らの翼が炎で出来ていることを怨んだ事は無かった。
結局空に赤みが差し始めたころ、ようやく到着した。
それでも途中でが寄り道したわりにはまだ早くついた方だ。
流石に学問都市だけにマジックツールや呪文書が多く出回っているのをみて我慢できなくなったのだ。
少しだけ重くなった鞄を持って、二人とももうほぼ無言で歩きとおした。
「・・・やっと、着いたね」
「・・・ああ」
そろそろ棒になり始めた足でよろよろと研究所に入る。
そこには魔導師風の人間がたくさんおり、皆一様に新聞紙を食い入るように読んでいた。
「・・・何か、皆熱心に何か読んでる」
魔導師の端くれであるは何となくその記事が気になって仕方ない。
もしかして最近開発された時渡りの魔法の詳細でも記載されているのだろうか。
「後で新聞買おう・・・」
そう心に決めてはきょろきょろと辺りを見回した。
程なくしてネームプレートを首からぶら下げた所員を見つける。
「あ!あの、すみません!」
慌ててそれを呼び止めた。
「はい?」
「あの、あたし、召喚学のトラウゴット先生の弟子で先生に用事が合って来たんですけど、先生はどちらにいらっしゃるんですか?」
「ええと・・・少しお待ちくださいね」
そう言ってポケットから通信用の小さな水晶を取り出し何処かと通信し始めた。
暫らく何か喋って頷いたりするのをはぼんやり見ていたが、やがて所員はその水晶をポケットにしまって。
「召喚学のトラウゴット氏は三日前に研究所を出た後戻っていらっしゃいませんね」
「ええっ!?ど、何処に行かれたかわかりますか?」
「御自分のお家に戻られてるみたいですよ?お弟子さんならお家は御存知でしょう?行って見られては如何ですか」
にこやかに笑って言われ、もも「そこから来たんですけど」とは言えなかった。
何より嘘をついている風でもなかったし、見ず知らずのこの所員がに嘘をつく理由も無い。
曖昧に「あはは、ありがとうございます・・・」と言い、二人は総合研究所を出るのだった。
「・・・何?何で?何このたらい回しな状況!」
「家じゃ研究所だっつーし、研究所は家だっつーし・・・でもどっちも嘘ついてる感じじゃなかったぜ」
「まーどっちの人もあたしに嘘つく理由無いしね。えーでも如何しよう・・・」
既に空は夕焼けに染まっていた。
もう後半刻もすれば薄闇があたりを包み込むだろう。
こんな広い街の何処かにいるのだとしても今から探すのは到底無理そうだ。
それに三日間歩きに歩いてへとへとだった。
ゆっくりベッドのある部屋で眠りたかったし、湯にも浸かりたかった。
「・・・、あたしもう疲れて嫌。宿とって明日先生探そうよ」
「・・・・・・ああ、賛成だ」
流石にもかなり疲れていた。
少し歩いて総合研究所近くにあった小ぢんまりとした宿屋の戸をくぐる。
一階は食堂になっているようで様々な食べ物の良い匂いが入り混じって漂っていた。
「すいません、部屋開いてます?」
最近時渡りの魔法が開発されたこの街は人が集まっていると伯母が言っていた。
確かに街に一歩入った時から何時もよりもかなり賑わっているのが見て取れたので、多少の不安が胸をよぎる。
最悪トラウゴット先生に縋りつこうと決め込んでいたが、今いない人を当てにしてどうなるというのだ。
不安そうなに、女将であるらしい中年の女はにこりと笑った。
「お嬢ちゃんついてるねぇ。さっき一つキャンセルが出たところさ。一部屋しか空いてないけど大丈夫だね?あんたたち新婚かなんかだろう?」
「ええっ、ち、違います!」
「おや、婚前旅行かい。最近の若い子はやるもんだ」
ケラケラ笑いながら宿帳を差し出される。
は顔を真っ赤にしながら慌てて名前を書く。
早くこの場から逃れたい。
「食事はどうする?部屋まで運んであげるよ。お代は今宿代と一緒に貰うけど」
「・・・あ、いえ・・・後で食堂で貰います」
とはいえ寧ろもう寝たいくらいの疲労っぷりだったのだが。
「そう。じゃあこれ、鍵ね。部屋は2階の突き当たり。良い部屋だよ。夜中声上げても誰にも聞きとがめられないからね」
「っ・・・、あ、ありがとう・・・」
最後までそういう関係をほのめかされ顔が赤いままは鍵を受け取りそそくさとその場を後にした。
しかし気付けばが傍に居ない。
見回すと、隅で何か一点を凝視していた。
何を見ているのだろうかと視線を辿ると、そこには新聞を読む男が。
「・・・、何見てるの」
「・・・ん、いや、別に」
「じゃあ行くよ。ほら、はやく」
「・・・・・・ああ」
手を引かれは漸く視線を外す。
その新聞には時渡りの魔法の記事が大きく載っていたのであった。
部屋につくなりベッドに伏した。
「嗚呼・・・疲れた。このまま寝たーい・・・」
それを見てもそれにならってその隣に寝転ぶ。
マントの上でも平気だと思ったが、やぱりベッドの上は全然違う。
睡魔に取り付かれたかのように眠気が襲う。
それになんと言っても寒さが無い。
は寒さは全く問題ないが、には大問題だった。
朝の冷え込みにから離れがたく、しかしそれも恥ずかしいという複雑な思いをしたものだ。
それにしても今日も二人で寝なければならないなんて。
寒さはないから離れて寝れば問題ないのだろうがあの温かで逞しい腕を金輪際味わうことはないのだろうと思うと少し寂しく、そんな事を考えてしまうことが恥ずかしい。
何となく一人で赤くなっているとぎしりとベッドが揺れたのが判った。
「え・・・」
何だろうと体の沈んだ方を見ると、急にの腕がを引いた。
「な・・・何?」
「こっち来い」
「はっ!?な、何で・・・!」
「なんか落ち着かねぇから」
ぐい、と昨日までのように腕に抱きこんでは目を伏せた。
柔らかい感触と緩やかな体温の心地良さ。
嗚呼、これがなくてはなんだか落ち着いて眠れない。
「ちょ、待って・・・!」
既に眠る体勢のを必死で制すが相手は聞く耳を持とうとしていない。
この後ゆっくり湯を使う予定だったのに。
体をしっかり抱きしめられてしまっては如何しようも無くなるではないか。
それを主張しようとし、しかしは少し思いとどまる。
・・・今この腕から抜け出してしまったら、風呂を済ませた後にこの場所に戻ってこれるだろうか。
戻って来れないかもしれない。
既にが眠ってしまっていたのならこの逞しい腕がまた自分をこうして抱きしめてくれるかどうか判らない。
それは何だかとても寂しく感じる。
抗議しかけた口を閉じ、は大人しくに抱かれたまま目を閉じた。
背中越しに伝わるの体温は心地良く睡魔を誘い、元々かなり疲れていたは直ぐに夢の中に誘われてしまった。
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ちょっと内容が動いて無さすぎですか。