嗚呼、そんなに急いで如何したい。
嗚呼、そんなにも楽しみなのか。
0003/夜明けは待たない
「さ!起きて起きて!!」
そんなの声に起こされたのは日も明けきらない早朝未明。
既に用意はばっちりといった出で立ちのに叩き起こされるように、は起こされた。
「・・・お前、今何時だと・・・」
「夜明け前だけどいてもたってもいられないの!さ、早くご飯食べて!!」
「・・・眠ィ・・・」
浮かれたが昨日夜遅くまで支度をしていたのを知っている。
しかし何故の方がこんなにも早く起きているのだろう。
答えは簡単、浮かれているから。
「・・・」
何となく面白くないが口には出さず、代わりに態度で示す事にした。
だけど。
「眠ィ!」
「うるさいなあ・・・じゃあ馬車で寝ればいいでしょ!」
と、逆に強い調子で返されてしまった。
ますます不愉快である。
机の上に置かれた果物を口に運びながら拗ねた表情でそっぽを向く。
「あー・・・トラウゴット先生元気かなぁ」
何処か呆けた表情でが言うのも面白くない。
そういえば、の服装も心なしか余所行きの様だ。
昨日の簡素なワンピースに似た服装を思い出しては心の中で舌打ちをする。
しかし不機嫌さとは裏腹に出された果物は全て平らげて、の指示を待つ。
どうせ従うしかないのだから。
果物の皿を下げ、手早く洗う。
「よっし、後は伯母さんがやっといてくれるでしょ。じゃあ出発!」
言いつつはに荷物を渡す。
「・・・・・・ンだよ、コレ」
「え、の荷物」
「・・・」
がこの世界に来たのは昨日の話。
そしてがこの世界に召喚されたとき身に付けていたのは、服くらいである。
それなのに何故こんな鞄に入った荷物を手渡されるのか。
「おい!!何で俺がお前の荷物持ってやらなきゃならねぇんだよ!!」
鞄を放り捨てん勢いで怒鳴る。
荷物持ちなんて真っ平ごめんだ。
「あたしの荷物じゃないよ。の荷物だってば」
「俺ァこっちに来るときこんなモン用意してる暇なんか無かったぞ!」
「そうじゃなくて、万が一ばらばらになっちゃった時の為に。目的地書いた地図と、非常食と、お金も少し入ってるから持ってて」
「・・・へ?」
ぴたりと、の勢いが止む。
そして荷物とを交互に見た。
そんなを見て軽く笑って、一言。
「こっちの世界じゃコレ常識」
ちゃんと持っとくんだよ、なんて子供に言うみたいに言われてしまった。
子供扱いかよ、とは思うがの常識が通用しない世界なのだから仕方が無い。
「・・・怒鳴って悪かったな」
「ん?いーよ別に。あたしも説明しなかったしね」
急にしおらしくなったを微笑ましそうに見ては漸く扉を開け放った。
人通りは、まばらだった。
それもそのはず。
まだ辺りは薄暗く完全に夜も明けていない。
肌寒いような朝の冷気が町中を包み込んでいた。
「・・・結構寒いな」
昨日の昼は、雨上がりにも関わらず中々暖かかったのでは少し意外そうに呟いた。
流石に「ファイヤー」というだけあって寒さには強いのだけれど、人間であるは寒くないのかと思ってのことであった。
「そうだね、寒い?」
「いや・・・俺は水は苦手だが寒いのは全然平気だぜ」
「・・・え?でも冷気も大まかに言えば水の眷属でしょ?」
「水と氷は違うじゃねぇか」
「いや、だから氷は水の性質が変わったもので・・・」
「タイプ的な相性で言えば水は炎に効果抜群で、氷はイマイチだろ?」
「・・・」
「・・・」
昨日からよくある会話がまた展開されたらしい。
この微妙にズレた世界観はなんとかならぬものだろうか。
魔界は此処と殆ど変わらない常識に成り立っていたが、このが所属していたカントーとか言う世界はかなり変わった世界のようだ。
水属性が炎属性に一方的に効果があるなんて在り得ない話である。
そういう対立する属性は力の強いものが勝つと決まっているのだから。
それに水は効果抜群で氷はイマイチとはどういうことだろう。
炎の力が加わって氷が水になったならその時点で効果は激減するのではなかろうか。
「ね・・・ちょっと馬車の中での世界のこと詳しく教えて」
「・・・ああ、それが良さそうだな」
昨日からピンボケした会話を繰り返している二人は疲れたように溜め息を吐く。
漸く辺りが白み始めたかと言う頃、が「ほら、」と指を指す先に。
「・・・ポニータか?その割りにゃ黒いけど」
「何言ってんの、馬車の発着場だよ」
一番安いの乗るから、とぐいぐい引っ張られは大きな乗合馬車の前まで連れてこられる。
「・・・ここまでくるとポニータっつーよりはギャロップだな」
逞しい大きな馬を見上げては呟く。
ちょっと話しかけてみたが言葉は通じない。
ポケモンではないのだから当たり前といえば当たり前ではあるが、少し悲しい気もした。
向こうの世界なら会話できない動物など殆どいなかったのに。
人間とですら、こうして意志の疎通も出来るというのに。
「何やってるの?」
「・・・会話出来ねぇもんかと」
「向こうの世界ではは馬と会話出来たの?」
「・・・ウマって奴はいなかったけどな、似たような奴とは出来たぜ」
「ふぅん」
良くわからなそうなの返事。
嗚呼そんなに遠いところまで来たしまったのだと改めて思い知らされた気がした。
「もうちょっと時間あるけど、如何する?」
「如何って言われても・・・」
「いや、もうちょっと馬と喋りたいかと思って」
「・・・通じねェってさっき言ったろーが」
なのに何を喋りたいのだというのだろう。
肩を竦めるから視線を外し、遠くを見るような視線では馬を見た。
「うん・・・でもさ、あたしたちは通じない分話をするよ」
「・・・何で通じねぇのに話が出来ンだよ」
「あたしたち召喚士は特にね、異世界からの生き物を召喚した際言葉が通じないことも少なくないんだ。でもその子とも勿論仲良くやって行かなきゃいけない、そんな時にね、言葉が通じなくても沢山話をするんだよ」
だから、とは遠い目でに視線を映す。
まるでそれはを見ておらず、その後ろに移る何かを見るような。
そして、僅かな懐かしさを含んだような、そんな視線で。
「ま、でも言葉が通じないくらいの子は階級もかなり下でね。修行を積んでからはそういう子に遭遇する事もなくなったんだけどさ」
言って笑うの目は既にこちら側に戻っていた。
恐らく昔そういうものが今の自分のようにに呼ばれたのであろう。
きっと自分が此処に存在するよりももっと確かなの意志で以って呼ばれたに違いない。
こんな夢の中でなんて曖昧な理由じゃなくて、強く望まれて存在したのだ。
そう考えると、は何だか胸の奥が苦しかった。
「まあそんなにゆっくりもしてらんないしね。馬車の中で待とっか」
行くよ。
優しく引いてくれるの手は温かくて、はますます苦しくなる。
理由も分からず、ただただ俯いてそれに従った。
乗合馬車は朝早いと言うこともあって然程混雑はしていなかったが、ほぼ満席状態だった。
恐らくの言っていた一番安いというのも理由なのだろう。
少し視線を遠くへやれば、一人か二人くらいしか乗っていない馬車も多々あった。
席に着きは言う。
「ねぇ、のいた「カントー」って世界のこと話してよ」
「・・・ああ、そーだな」
せがまれやや面倒くさそうに話し出すだが、実は自分の世界の事を話すのは少し誇らしいような気もして悪い気分はしなかった。
窓から見える景色はただただ青く、窓から入る風は涼しいものの窓を通す日光は容赦ない。
朝は寒いと思ったであるが、日が昇るとこんなにも暑くなるのかと吃驚した。
とはいえのタイプは炎である訳だし、青く茂る木々の葉が日光を散らしてくれるので随分マシな方なのだろう。
それに、今はそんなことを気にしている場合ではなかったのである。
「・・・気持ち悪ィ・・・」
「道悪いからね・・・。大丈夫?」
「・・・大丈夫そうに見えっか・・・?」
カントーででさえ自動車に乗ったこともなく、常に自らの翼で移動していたにこの馬車の揺れは脅威だった。
飛行タイプ故地震攻撃だって食らった事はないのだ。
「あんまりしんどかったら下りて歩こうか。3日くらい掛かっちゃうけど・・・それでもよければ」
「・・・いい」
「でも・・・」
「いい。・・・うぇ・・・平気だ、から」
平気そうには見えないが、歩くよりも断然早い馬車の方がのためにもいいだろう。
先ほど「カントー」というところを語るは目に見えて嬉しそうであった。
やはり見知った土地、馴染んだ空気、そして生まれた大空のある場所にいるのが幸せなのだ。
お互いに望んだ契約じゃない。
早く帰してやれるのならそれに越した事はない。
しかし、そんなの希望は間もなく打ち砕かれるのだった。
緩やかな公道を過ぎ、細い森の道に差し掛かった直ぐのことである。
突然、馬車ががたんとゆれたかと思うと馬の嘶く声が響き渡り馬車が止まった。
「・・・っ!?」
馬の嘶きに悲痛な音色が滲んでいたのをは聞き逃さなかった。
何事だとざわめき出す乗客達を尻目に、困惑気味のを強く抱き寄せる。
「えっ・・・」
「ウマが死んだ。さっきのウマの声は断末魔だ」
「死・・・っ、何で、そんなこと・・・っ」
「・・・判る。死の間際の悲鳴は、人間でもウマでもポケモンでもそう変わらねぇモンだ」
ぎり、ときつく奥歯を噛みを抱き上げは混乱の中馬車から飛び出した。
「・・・っ、何で・・・」
「嫌な空気なんだよ。何か起こるぞ」
それは全くの野生の勘だった。
エスパータイプやら虫タイプであればもっと敏感に感じ取れたかもしれない。
それを嘆くのは愚かなことであることは判っているので、はを抱いたまま手近な木の上に飛び移った。
飛行タイプ特有の体の軽さが有難かった。
梢の中に隠れ馬車の様子を見守る。
「・・・・・・」
「・・・何も起こらなきゃ戻ればいいだろ。だが・・・何かが起こったら戦う」
「・・・うん・・・」
はきつくの服を掴んでいた。
昨日の伯母さんの言葉が反芻される。
『人が一杯集まってて物騒だって言うから』
人が集まるところには性質の悪い盗賊やらも出没する。
馬をいきなり殺すなんて聞いたことないけど、手練れの射手がいれば出来ない話でもない。
そこまで考えてはぞくりと身を震わせた。
「・・・!・・・っ」
「何だ・・・?!」
「魔力の気配がする・・・凄く大きい・・・」
ざわざわと体が騒ぐ。
なのに発生元が全くわからなくて、得体の知れないそれに恐怖した。
そうこうしているうちにぼうっと言う炎が燃え上がるような音がして、辺りが急に明るくなる。
「・・・馬車が・・・」
「何だ?いきなり燃えたぞ・・・!?」
「誰かが・・・魔法で火をつけたんだ・・・。でも発生元がわからない。もしかして、複数で当時に魔法使ったのかも・・・」
炎の発生により乗客達がばらばらと散らされるように出てくる。
皆混乱しパニックを起こしているように見えた。
「・・・おい、こういう場合は何が想定されるんだ?」
「多分・・・盗賊だと思うけど・・・、いきなり燃やすなんて変だよ。何も盗んでないのに」
炎を食い入るように見つめ、は呆然と返事をする。
馬車の火はかなり強く、馬車に乗っていたらしい複数の魔法使いらしき人物が水を出してはいるが中々消えそうにない。
この世界では対立属性は強い方が勝つのだから当たり前の話ではあるのだが。
「発生元が特定出来ない大きな魔法って大概4,5人以上の魔法使いで同時に同じ魔法使うの。一人じゃ勝てないよ・・・それに」
「それに?」
「・・・馬車は燃えちゃったし、あたし達の目的はトラウゴット先生に会いに行くことで、戦う事じゃないよ。無理に戦わなくてもいいじゃない」
確かに。
いわれてみればその通りだ。
無理に相手を探す必要もない。
襲ってくるなら迎撃すれば良いだけのこと。
ここで体力を削るという選択肢は、無いも同然だ。
「・・・確かにな。面倒なことになる前に行くか」
「・・・ん」
はを抱いたまま木の枝から飛び降りる。
そしてそのまま森の奥へと走り出した。
の示すままに、木漏れ日の差し込む森を失踪する。
彼女をその腕に抱いて。
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開き直れーゴマ!