嗚呼、皮肉や皮肉。
0002/晴れたらランチを
朝のうちはあんなに晴れていたのに昼前にはぼつりぼつりと大粒の雨が降り始めた。
今の二人の心境を表している様でなんとも皮肉めいている。
大嫌いな雨の空を窓越しに見上げ、溜め息を吐くファイヤー―もとい、。
「・・・で、俺は何時になったら元の世界へ戻れるんだ」
「そりゃ契約が遂行されるか破棄された時でしょ」
「んじゃ破棄する、今すぐ」
一秒の考慮もなくは言い放つ。
はいっそ清々しいくらいの無責任さだと思った。
「無理」
「何で!」
苛立つ声には深く深く溜め息を吐いた。
「だってあたし契約の内容覚えてないもん。そもそも夢の中の召喚が成立したなんて聞いたことないし・・・が破棄したくともあたしには破棄する方法がわかんないの!」
「俺の意志は無視ってことか」
「そうじゃなくてー、普通はね?普通はァ、召喚した瞬間に契約が発生するわけ。例えば『あの高い木のてっぺんに成ってる林檎が欲しい』とかそういう感じでね。で、それを召喚された方が了承した瞬間に契約成立。拒否したら契約破談で召喚された方は帰っちゃう訳。了承した場合はどんなに時間が掛かろうともそれを遂行しなくちゃ戻れないの。でも例えばその林檎を取るのが困難すぎたりして、召喚された側が『代わりに苺を取って来てやるがそれで如何だ?』ってことになったりしてさ、契約者が了承すればそれで契約は遂行された事になるし、若しくは契約者が心変わりしてね、『もう林檎はいらない』ってなってそれに対して召喚された側も納得すれば契約破棄出来るの。判る?」
長々説明された内容には首をひねる。
「良く判らんが、とにかくお前がその契約について何か心変わりしねぇと破棄出来ないということか」
「そう。でもあたし契約内容覚えてないから一体何を諦めたらいいのか全く分かんないの」
そもそも、夢であるわけだし内容を覚えていなくとも無理のない話である。
「こそ何か覚えてないの?此処にいるってことはあたしの出した条件呑んだんでしょうに」
「知るか。向こうの世界で死に掛けて気付いたら此処にいたんだからよ」
腹立たしくも記憶に残るものは何も無い。
覚えている事といえば夢現に聞いた最後の唄だけだった。
ぼつ、ぼつ、ぼつ。
唯唯雨の打つ音が空しく響く。
「ま、当面は契約破棄の方法探すしかないわね」
「チッ・・・まあいい。どうせ向こうで待つ奴もいやしねぇしな」
舌打ちと共に吐き捨てられた言葉には目を丸くする。
「え、家族・・・は?」
「俺はあっちの世界の唯一種だぜ。卵も作れねぇから俺が消えりゃあっちの世界に俺の種は一匹もいなくなる」
さも当たり前のように言われは非常に驚いた。
そんなすごい種族だったとは。
唯一種なんぞまず召喚不可能な筈なのに。
「もしかして・・・って神様?」
「は?」
「繁殖不能種なんてそういないもの。永遠に生きるってことでしょ?そういうのってもう生物の摂理から飛び出してたりするのよね」
突然好奇の目になったの視線がに突き刺さる。
「俺ァ炎の鳥だ。そんなモンくらいでお前の世界じゃ神呼ばわりされんのか?」
だけど神と言われて満更でもないらしいは少しだけ機嫌を良くした様に答えた。
「炎の鳥ってことはフェニックスかー。そっかだから神じゃなくても不死なんだね」
「・・・」
多少以上の会話のズレはあるものの、違うと言ったところでには何の説明も出来ない。
だからもう黙っていることにした。
誤解や勘違いなら後で色々気付いてくれるだろうと、頼りない予測を立てて。
「ま、目下のトコ別の方法で契約破棄するしか無さそうだねぇ」
「・・・」
の言葉には頷きもせずやはり無言を返した。
彼女がそういうならばそうするしかないのだろう。
自分はこの世界の常識を何も知らないのだから。
「・・・後であたしよりも詳しい人の所へ行きましょう。やっと雨も止んだしね」
言われ窓を見上げれば、成る程青い空が覗いている。
「雨が止んだなら今すぐ行こうぜ」
「だぁめ」
「何で!!」
「先にお昼ごはん食べてから。お腹減ってると気が立っちゃうからね。色々円滑に進めるには何事も焦っちゃダメなの」
・・・何だそりゃ。
と、思うが口には出さない。
そういえば随分空腹だった。
それでもは普通のポケモンよりは多少頑丈なので(何と言っても伝説と言われるくらいなのだから)後数週間何も口にせずとも平気である。
しかし空腹であるよりは満腹である方が良いに決まっている。
遅かれ早かれ同じ結果が待っているのだ。
多少遅れるのになんら差し障りは無さそうだ。
どっちにしろ直ぐに帰れるわけでも無さそうであるし。
「ところで、さ・・・」
「何だ」
「うん、あの、もしかしたら・・・聞く必要ないかもしれないんだけど・・・」
何故か少し困ったような表情を浮かべて言い難そうな様子である。
「何だ」
「あの、って何食べるの」
「何?」
「あ、い、いや・・・いいの。ご、ごめん、判りきったこと聞いて」
慌てて視線を外し恥ずかしそうは俯いた。
「・・・あの、の食事はあたしの食事が終わってからでも、いいかな・・・?」
「・・・は?何で?一緒に食やァいいんじゃねぇの」
「ええっ、い、一緒にはちょっと無理だよ・・・!こ、心の準備もあるし・・・」
「・・・心の準備ィ?」
何だろう、また大きな会話のズレを感じる。
ポケモンが一体何を食べると思っているのだろう。
「だ、だって!あたし上位クラスの召喚なんか初めてで・・・、その・・・そういう経験も無いし」
「・・・・・・何か、勘違いしてねェか?お前」
「え?」
気まずそうに視線を逸らしていたが視線を向ける。
心なしか頬が赤くなっているように見えた。
「俺が食うのは木の実だぜ。人間の食い物も調理法によっちゃ食えるけどな。お前何か別のモン想像してるだろ」
「えっ、き、木の実・・・!?」
拍子抜けした声と、それに続いて頬を真っ赤に染め上げて行く。
「まァポケモンの中にゃそういうの好きな奴等もいるけどなァ。期待に添えれなくて悪ィがセックスじゃ腹一杯にゃならねェな。ま、腹ごしらえした後にソッチの方もサービスしてくれるってなら大歓迎だぜ」
ニヤニヤと意地の悪い笑みを向けられ、は居た堪れない。
「だ、だって・・・!上位クラスは普通経口で食事なんかしないし、そういうものだって聞いてたから・・・っ」
「俺は生まれてこの方経口以外で食事したことねぇよ」
「・・・そーですか」
嗚呼穴があったら入りたいとは正にこういうことなのだろう。
恥ずかしすぎて赤くなった頬を両手で押さえながらはキッチンへと向かう。
それにしても何て常識に当てはまらない召喚獣なのだろう。
「・・・ねぇ、。貴方魔界の何処から来たの。貴方みたいな召喚獣、聞いたことないよ」
「俺のいたとこは魔界なんかじゃねぇぞ。カントー地方の1の島、灯火山だ」
「・・・魔界じゃ、ない・・・?」
そんな馬鹿な。
だって召喚用の魔法陣は召喚獣のいる場所を指定しなければ呼び出すことは出来ない。
そして、今この世界に魔界以外の世界を指定する方法は見つかってない。
召喚学の考え方として、現在この世界以外にも別次元に世界は無数に存在されているとされる。
それを平行世界と呼ぶが、魔界以外の平行世界と次元を繋げた例は過去一度も存在しないのだ。
学問としての理論の上にしか存在せず、誰もその存在を確かめた事の無い世界から来たというのなら。
「・・・・・・、貴方・・・」
「何だ」
「・・・もしかしたら・・・契約を遂行、又は破棄出来ても・・・帰れないかもしれない・・・」
「!」
「だって・・・魔界生物以外の召喚獣が地上に現れたことなんて、一度も無いもの・・・」
遠い昔から伝わっている手段でさえ、魔界と世界を僅かに繋げるだけだというのに。
そんな途方も無い世界に帰してやる方法など、あるのだろうか。
折角の晴れ渡った空の下。
重い空気で二人は歩く。
は勿論無言で、も言葉少なに水溜りの道を二人は歩く、
思いつく問題は沢山あり、またその問題はどんな解決法も無いように思えた。
やがては一軒の家の前で足を止める。
土壁の小ぢんまりとした小さな家。
二階建てでない家を、は見るのは初めてだと思った。
しかし、そういえばの家にも階段が無かったっけ。
よくよく見れば周りの家は殆どそんな風であった。
きょろきょろと落ち着かないに気付かず、は扉をこつこつと叩く。
ややの後、一人の女が出てきた。
「いや、。如何したんだい」
「こんにちは、伯母さん。ちょっと・・・相談したいことが出来ちゃって・・・」
「・・・・・・まァお入りよ。後ろの男前は誰だね?」
「・・・相談したいって言うのは彼のことなんだけど・・・ほら、おいで」
言われきょろきょろと忙しなくしていたがに向かう。
そして招かれるまま大人しく部屋へとついていったのだった。
「・・・と、言うわけで契約破棄の良い方法何か知らない?」
今朝から今までの経緯を出来るだけ詳しく話して漸く一息ついたは出された紅茶をごくごく飲んだ。
「はぁぁぁ・・・夢の中でねぇ・・・。そんな話はあたしも初めて聞くよ。
やれやれとソファに座り直し、困惑を通り越して感心したような表情でとを交互に見る。
途方も無い話だった。
何処から来たかも分からない者をその場所へ戻そうなんて。
「あたしじゃ手に負えそうもないねぇ」
「そんなぁ・・・ウルズラ伯母さんでもダメだったらあたし如何したら良いの」
今すぐにでも帰せと言うの視線が痛い。
「・・・あんたの先生の所に行ってみたらどうだい。あの人はあたしよりも召喚学に詳しいだろ」
「え・・・先生・・・?先生って・・・トラウゴット先生のこと・・・?」
「あんた、その先生以外についたことないだろ。その先生だよ」
「・・・」
ふ、と一瞬無言になった。
変に思ってが視線を移すと僅かに頬を赤くしているように見えた。
「行く!行きます!!そうね、先生ならきっと良い方法を知ってるわ。明日にでも出発するから伯母さん、家の管理お願いね」
興奮した調子でまくし立て幸せそうににっこり笑った。
「はいはい。道中気をつけてなよ。最近あの辺で時渡りの魔法開発した魔法使いがいるとかで人が一杯集まってて物騒だって言うから」
「うん!」
浮かれている風のに釈然としないものを感じつつ、はソファに深く腰を沈め出された紅茶を少しだけ飲んだ。
それはもうかなり冷めていて冷たかった。
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ますますついてきて貰えるかが心配です。