「新ちゃん、フラれたんだって?」
声も掛けず、ノックもせず。
ずかずかと不法侵入して、いきなりそんな一言。
恋愛とは即ち即物的なもの也
だけど、そんな振る舞いはもう日常茶飯事。
新八も別に驚かなかった。
「・・・さん・・・それどっから聞いて来たんですか」
「んー?企業秘密」
真っ黒な短めの上着に、プリーツのこれまた真っ黒なスカートという特殊な隊服を身に付けた女――はにこりと笑った。
彼女は真選組唯一の女隊士。
鬼の副長土方とは違い、銀時ととてもウマが合うらしくこうして暇を見てはちょくちょく訪ねてくるのである。
偶に仕事を回したりもしてくれるため邪険に追い出されることも無かった。
「銀さんが喋ったんですか?」
「ううん、違う。別情報。・・・ところで銀時は?いないの?」
「銀さんだったら10分ほど前に厠に入ったっきり出てきませんよ」
「あらあら長期戦ね」
んじゃぁゆっくり待とうかな。
そう呟いては新八の隣に座った。
「さん、時間いいんですか?」
「ん?いいのいいの。土方さんと沖田さんが喧嘩してて屯所にいるほうが危ないから」
綺麗に紅の引かれた唇がやんわりと微笑む。
「新ちゃんは?仕事無いわけ?」
「ある訳ないじゃないですか。あったら銀さん厠になんか放っときません」
「それもそうね・・・じゃァ」
溜め息交じりの新八を横目には言葉を続ける。
「女の子にもフラれて、仕事も無い可哀想な新ちゃんに今日一日付き合ったげよう」
「・・・は?」
「いや、だからネ。デートしようって言ってンの!」
語尾にハートマークがつくような弾んだ声では言い、化粧ポーチを取り出して鏡を覗き込み始めた。
その鏡に映りこむ白い頭。
あれ?とが振り返ると、何時の間にやら銀時が突っ立っていた。
「うちの若いのたぶらかさないでくれますゥ?」
「銀さん、何時の間に」
「長期戦だった見たいねェ」
「おー今日のは何時に無く手ごわい相手だったぜ・・・じゃなくて」
鏡から目を離さないの鏡を取り上げて、銀時はソファの後ろからを覗き込んだ。
「ガキ誘惑すンなよ。どうせだったら俺を誘え」
「もう新ちゃんとデートするって決めたの。フラれて可哀想な新ちゃんの弱みに付け込んであたしが新ちゃんの彼女になる計画なんだから邪魔しないでよねー」
「おい童貞の前で滅多なこと言うなよ。小便じゃねーもんチビちまったらどーするよ」
「何失礼なこと言ってンだァァ!!!それにさんも変なこと言わないでくださいよ!!」
僅かに顔を赤くして新八が叫んだ。
しかしは至極真面目顔。
「え?変なこと言った?あ、こういう企みって言っちゃいけないんだっけ?失敗失敗。まー忘れて」
「・・・」
あっけらかんとしすぎて逆に不安になる。
本当に何も考えずただからかいに来たのではないかと。
新八の目の前では銀時から鏡を取り返し、もう一度目元やら前髪やらをチェックしているようだ。
暫らく見ているうちにそれも終わったらしい。
「んじゃ新ちゃん、行こっか」
「え、あ・・・はぁ・・・」
「おい、マジで行くのかよ。銀さん一人ぼっちで淋しーだろーがコラ」
銀時の本当に付いて来たそうなオーラを感じつつ、しかしは容赦ない。
「定春に構ってもらいなよ。新ちゃん今日は帰さないから。じゃね」
がしっと新八の手を強く握り、はばいばいと手を振って万事屋を後にする。
今日は帰さない宣言に慌てる新八はスルーの方向で。
・・・淋しそうだった銀時もスルーの方向で。
「じゃあー、まずお昼食べよっか?何食べたい?何でも奢るよ」
ごく自然に繋がれた手にドキドキして新八は一瞬返事が遅れた。
「・・・っえ?いや、あの・・・っ」
「ん?いいよ、何でも」
「いや、そうじゃなくて・・・女の人に奢ってもらうなんてそんな・・・」
仮にもデートなんだし。
そんなに持ち合わせが多いわけでも無いけれど、これくらいは。
「いーよいーよ。銀時のとこでそんなに稼げないでしょ?あ、じゃあこうしよう。あたしが食べたいトコに適当に入るから、あたしが出すってことで」
「・・・で、でも」
「気にしない気にしない。さ、行くよ」
握った手はそのままに二人並んで歩き出す。
堂々と歩くの姿に少し気後れしながらも、新八はせめて彼女が笑われないように。
恥はかかせてなるものかと、それにならった。
の選んだ店はちんまりとお洒落な洋食店だった。
いつものファミレスとは当たり前だが大分雰囲気が違う。
柔らかい照明が店の中をふんわりと包んでおり、窓際には一輪挿にピンクの花が活けられている。
なんだか場違いな気がして新八は落ち着かない。
そんな新八の様子に気付いたのだろう。
はちょっとばつが悪そうに。
「あ、ごめん。ここ良く友達と来るんだけど男の子ってこういうとこ嫌だよね?ホントに食べたいもの優先しちゃってごめんね」
「いやっ、全然いいんです!!こんなとこ敷居高くて普段は入れないし・・・っ」
自分の財布の中身とは釣り合わない店であることは確かな訳で。
「それにさんと一緒だから・・・っ、嬉しいです」
「なかなか言うじゃない、新ちゃん。そう言ってもらえるとあたしも嬉しいわ」
にっこりと見たことも無いような顔で微笑まれ、新八はその後の食事の味も殆ど分からなかった。
「え〜っとォ、デザートは何が良い?」
「え、い、いや・・・僕もういいですよ」
食事が終わって勧められた言葉に新八は恐縮する。
折角の食事も美味しかったような気はするが、ばかり見ていた所為であまり覚えていないのだ。
それにこれ以上金を使わせるのもどうかと思うし。
「遠慮しなくていいよォ?あ、じゃあ、じゃあ、一個頼んで半分こしよっか?そっちの方が恋人っぽい!そうしよう!!」
恋人っぽい発言にまたも焦る新八を無視してはレモンプリンを一つ頼んだ。
程なくして運ばれてきたそれ。
店員が気を利かしてくれたのだろう、プリンの器の下の更には小さなスプーンが2本置かれていた。
だけど。
「あ、スプーン2本なんて・・・気が聞いてるけどありがた迷惑って感じ」
「え・・・何でですか?」
「だって、『あーんして』って出来ないデショ?」
「・・・」
ま、いいや。
はさくっとスプーンをプリンに突き刺して軽く掬うと、新八に差し出した。
「新ちゃん、あーんして?」
「え、あのちょっと・・・」
「恥ずかしくて出来ない?」
「そ・・・そんなことは」
「じゃあ、はい」
が差し出すスプーンを口に入れる。
甘いような酸っぱいような柔らかいプリンだったけど。
その味を堪能する前に、今しがた新八が口をつけたスプーンでもプリンを食べるものだから・・・。
「・・・っ」
一瞬喉を詰めるかと思った。
「さーて次はドライブでもしよっか?」
「え・・・」
「多分その辺にパトカーいると思うんだよね。適当に捕まえて・・・」
「いやっ!!いいですいいです!!!!寧ろ止めて下さい!!!」
そんなことしてあの鬼の副長にでも捕まったら如何する。
更に犬猿の仲である銀時の関係者だとばれたら如何する。
意味も無く牢獄に送られそうではないか。
「さ、散歩しましょう!食べた後ですし、ねっ、運動しなきゃ!!」
「・・・そぅ?あたし運転上手いよ?スピード違反でパトカーと追いかけっこして捕まったこと無いのよ」
「僕まだ死にたくないんで、運転は早くとも次の次の次の次の次くらいにしてください」
ぐい、と新八がの手を引き歩き出す。
そんな行動には嬉しくなり、その手を引き寄せた。
「腕組んで良い?」
「・・・え」
ぎゅう、と新八の腕を抱きしめるようにしてが首を傾げている。
強く抱きしめられているのに不思議と痛くなくて、寧ろふんわりとして気持ち良い程だ。
直ぐにその原因がの胸であることに気付いた新八。
見る間に頬が赤くなる。
「さ・・・っ、ちょ、まずいですって・・・っ」
「なんでよ。あたしじゃ不満ですかコノヤロー」
「何でそこで銀さん調なんですか。そうじゃなくて・・・その、なんて言うか・・・」
流石にどこぞの銀髪の様に胸が当たっている、なんて素直に軽口を叩けない新八はしどろもどろで言葉が出てこない様子。
嗚呼、可愛いなぁ。
おおよそ男の子に対して言うには少し失礼なことを思いつつ。
「いいじゃん。あたしは今日は新ちゃんの恋人なんだからさ。さ、お散歩行きますよー、運動しに行きますよー」
ぎゅうっと新八の腕を抱きはにんまりと笑った。
その笑みの矛先は勿論新八には分からなかったわけだけれど。
何しろ腕を組んでいるということにテンパっていたし。
意識外へ追いやろうとすればするほどの柔らかな胸が気になって仕方が無い。
の話しかけてくれている言葉など殆ど耳に入ってこなかった。
(だって仕方ねーじゃん!!僕だって健全な男だし!)
そんな調子で暫らく歩いただろうか。
「新ちゃん新ちゃん」
「・・・なんですか」
上の空で生返事を返す新八。
「あたしはしゃぎすぎて疲れちゃったよー」
「・・・!?」
物凄いデジャヴを感じる言葉に新八の頭は一瞬にして現実に引き戻された。
慌てて周りを見渡せば人通りの少ない・・・。
「え・・・何ですか、住宅街・・・?」
ラブホ街じゃないことに思い切り安心して改めてに視線を向ける。
「うん、あたしの家この辺なの。ちょっと休んでいこうよ。お茶くらい出すよ」
「あ、はい・・・」
連れられるままに一軒の家の前に辿り着いた。
何処かのマンションかと思っていたので、一戸建てということに驚く。
「あたし両親早くに亡くしてさー。この家だけ残してくれたから・・・ここに一人で住んでんの」
新八の心の疑問を読み取ったかのようにが呟いた。
なんと言っていいか分からず新八は少し狼狽する。
「あ・・・」
「あは、だから男の子連れ込んでも平気なわけ。さ、どうぞ」
「・・・え」
そういえば!
今更気付いたが女性が一人で住んでるところに連れてこられてしまった。
これは或る意味この前の続きなのではないだろうか・・・そんな考えが頭を渦巻く。
「お茶入れるからちょっと待ってね」
リビングではなくの部屋に通されますます新八は落ち着かない。
綺麗に片付けられたの部屋。
隊服をきて帯刀していても、そこはそれやはり女性。
あまり色んな所をじろじろ見渡すのも気が引けて新八は窓ばかり見ていた。
「お待たせしましたァ」
二人分の紅茶を淹れてが部屋に戻ってくる。
「冷めないうちにどうぞ」
「あ、すみません」
お茶うけにケーキまでついている。
さっき昼ごはんを食べたばかりのような気がするが、そういえば窓の外は大分日が暮れていた。
「このケーキすごい美味しいの。銀時にあげようかと思ってたんだけど新ちゃんにあげるね」
机の上にケーキの皿と紅茶を並べ、盆を脇に置いて。
「え」
「ん?何?」
新八はてっきり机の向かいに座るのだと思っていたのに・・・。
は寄り添うように、新八の隣にぴたりと座った。
「・・・さん?あの、そこ座るんですか」
「うん。問題ある?」
「・・・」
ありまくりだ。
わざわざそんな位置に座らなくとも場所ならいっぱいあるじゃないか。
しかしそんなことを言うに言えない新八。
はくす、と笑って手を伸ばし新八の手に触れる。
唐突に重ねられた手にぎくりとする新八を余所に、言うとも無く呟いた。
「ある日歩いてたらね。新ちゃんが女の子と手を繋いでるの見たのよ」
「・・・!」
あの時のことだ。
それ以外に女と手を繋いだ記憶もないし、もし繋いだとしていてもお妙か神楽のはず。
「気になって後つけたらホテル街入ってったっていうかホテル入っちゃうし」
「・・・」
「でも後で女の子だけ出てくるし、その後銀時が凄い勢いで追いかけていくし。新ちゃんは新ちゃんでキャッツイアーのカード持ってるし・・・」
そうか、フラれたのを知っていたのは別に誰から聞いたわけでもなかったのか・・・新八はそれで納得した。
は否定していたが、銀時が話したとばかり思っていたのである。
しかし実際は現場を目撃していたわけだ。
重ねられた手に力が篭る。
「ごめんね、新ちゃんフラれたのに・・・あたしあの女の子がキャッツイアーで良かったと思っちゃった」
「・・・さん・・・?」
新八の声に、は弾かれたように顔を上げた。
思わず息を飲んでしまう。
はいつものお姉さん的表情をしていない。
「新ちゃん、あたしじゃ嫌かな?あたし新ちゃんが大好きなの。色んなことに一生懸命で可愛い新ちゃんが。銀時なんかのトコに足繁く通うのだって新ちゃんがいるからなのよ?」
「!」
「新ちゃん・・・」
の香水の香りがする。
ふわりとした柔らかな感触に新八は一瞬目を見開いた。
一瞬、の肩を引き離そうかと手が動く。
しかし重ねられたの手がそれを阻んだ。
強く握られる手と手。
そして、ゆっくりとの唇が離れる。
少し伏せ目がちのの目がおずおずと新八を見た。
いつも自信たっぷりで堂々としていた面影はなりを潜めて。
いま新八の目の前にいるのは、ただただ新八を好きだと言う女の子。
そんなの表情に眩暈すら覚える。
ああ、あんな女と比べ物にならないではないか。
ずっと重なっている手に新八も力を込めた。
「・・・っ、ぼ、僕も・・・さんが・・・好きです・・・っ」
寧ろ憧れでした、と新八は思う。
「ホントに?」
「・・・ホントです。でも・・・さんは銀さんのことが好きなんだと思ってました」
だから隠してきた訳であるが。
「え、マジで。そんな訳ないじゃん。あたしは新ちゃん一筋なのに」
真面目に言われて思わず新八の頬が緩む。
嬉しいような、恥ずかしいような変な気分だ。
そんな新八を見ても笑った。
「そんじゃ、思いも通じ合ったところで・・・新ちゃん、はい」
「・・・?携帯電話・・・?なんですか、これ」
「お姉さんに今晩帰らないって電話しなさい。あたし、今晩新ちゃん家に帰すつもりないから」
「え」
「女の子のとこがまずいんなら銀時の家に泊まるって言えばいいと思うよ」
「あの」
「んじゃ、あたしお風呂入ってくるから。ちょっと待っててね。逃げたら浮気するよ」
「ちょ、ちょっとさん!?さァァァん!!!!」
重ねあった手と手の温もりは何処へやら。
ぽいっと携帯だけ放って寄越すと、は部屋を出て行った。
「・・・恋愛ってこういうモンなのか・・・?」
なんて、新八が思わず呟いてしまったのは無理からぬ事といえよう。
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新八かいちゃったよ。
なれ初め書いちゃったからエロ入れられんだ・・・。まぁいっか新八だし。
新八にはぐいぐい引っ張ってくれるお姉さんタイプが似合うかな・・・なんて。姉ちゃんっ子だし。
つーか新八可愛くて好きです。
初めは眼鏡かよと思ってましたけど、眼鏡とったら可愛くてびびった;;可愛いくせに変なトコ男前だし。
洋食店は地元の可愛いパスタやさんがモデルでございます。
そしてレモンプリンも本当にあるのでございます。
甘酸っぱいあの味・・・ああ思い出すだけで涎が出そうだ・・・。