犬は只今発情期/1






彼女は稀代の薬師であった。



「はい、いつもの分です。毎度どうも」
新撰組救護所に似つかわない高い声が響く。
その声の主は定期的に薬を届けている女のものだった。
名をと言う。
彼女は稀代の薬師で、医家の出でもないのに良く効くと評判の腕を持っていた。
そんな彼女を見込んでこの新撰組にも薬を届けて貰っていると言う訳だ。
「いつもありがとう。お茶でも飲むかい」
出迎えてくれたのは山崎。
仕事柄昼間手が空いていることの多い彼は、よくの薬の受け取り係になっていた。
「・・・じゃあお言葉に甘えていいですか?実は今日暑くてちょっと喉が渇いてたんです」
屈託のない笑みで少しだけ照れたように答える様が微笑ましい。
山崎は了承の意を示し少し待つように言うと席を立った。
一人残された
くるりと救護所を見回してみる。
戸棚に収められた薬瓶の数々、人体図。
そして微かな消毒液の匂いがの気持ちを落ち着ける。
静か過ぎるくらいの静寂に包まれながらは小さく溜め息を吐いた。
「どーした。何時も以上にシケたツラしてよ」
「・・・ノックくらいしたらどうですか、十四朗さん。それにここは禁煙ですよ」
突然耳に入った声に驚きつつも、笑顔を作って顔を上げる。
それを見た土方は深く吸い込んだ煙を吐き出しながら。
「したっつの。聞こえてなかったのかよ」
「・・・!」
言われた言葉に言葉が詰まる。
「悩み事か?」
「・・・何でも判っちゃうんですねぇ」
作った笑顔を苦笑に変え、もう一度溜め息を吐いた。
ここまで見抜かれてしまったのなら話すべきだろうか。
と、言うより話さなければ帰してもらえないかもそれない。
だけど。
は考え込みながら言葉を探した。
しかし、救いの手とは思わぬところからやってくるもの。
「あ、副長呼びに行こうと思ってたんですよ」
先程お茶を取りに行った山崎が戻って来たのである。
土方は山崎の顔を見るなり舌打ちで返事をした。
「え、何ですか。俺なんかしました?」
あからさまに機嫌の悪い土方を見て取って山崎は首を傾げる。
「はい、ちゃん」
「ありがとうございます、山崎君。十四朗さん、あたしこれを飲んだら帰りますから」
「・・・そうかい」
煙を吐き出しながら土方は機嫌悪そうに笑い、手渡されたのお茶を素早く取り上げた。
そして気を利かせて出て行こうとする山崎の襟首を捕まえて。
「おい山崎。こいつの茶ァ、俺の部屋まで運べ」
と、山崎の持っていた盆の上にお茶を置き、の腕を取る。
「ちょ、十四朗さん!?」
「いいから来い」
ずるずると引っ張られて仕方ない、とは諦めの表情を浮かべた。



「で?」
「・・・」
仕切りなおし、ということで。
山崎が持ってきたお茶を今度こそ受け取っては副長室の真ん中にちんまりと座っていた。
真正面には、土方。
嗚呼、言うしかないのか。
「判りましたよ。あのですね、実はあたし頼まれてある特殊な趣向の方の為の精力剤を作ったのですよ」
「ほほぅ」
精力剤、という単語に土方の目の色が変わる。
全く、男って奴は仕様が無いなと思いつつは話を進めた。
「それで後は人体実験をすれば完璧なんですけど、その人体実験のための人がいなくて困ってるんです。もう前金で××万円も貰っちゃったし、早く完成させないと・・・」
心底困った表情では肩を落とした。
「俺がやってやってもいいぜ」
寧ろやりたい、みたいな表情で土方はを見ている。
ホントにホントに男って奴は・・・。
しかしはそんな言葉を飲み込んで、説明を続けた。
「・・・男性には効かないんです。元々その趣向の男性から依頼されたものですから」
ますます土方の表情から不機嫌さが消えていくのが見て取れた。
「それならお前が自分で試せばいいだろうが」
「・・・そうくると思いましたよ」
だから言いたくなかったのに。
「嫌なんですよ、あたしがあたし自身でやるのも。さっきから何度も言ってる様に特殊な趣向の方の為に作った物ですから・・・」
しかも精力剤だし。
だからほとほと困り果てているわけである。
「一応中和剤も作ってはあるんですけど・・・」
もう本当にどうしようもない時は自分で試すつもりで。
だけどその踏ん切りがつかず今の今まで先延ばしにしていたのだ。
「なんだ。じゃあ試して効果が見れたら中和しちまえばいいんじゃねぇか」
「・・・うーん、まあ、そうなんですけど・・・。ある意味人畜有害すぎるんです・・・」
「やべぇと思ったら俺が中和剤飲ましてやるから試してみろよ」
寧ろ試すまで帰さないオーラを放ちながら土方はに詰め寄った。
「畜生ホント予想通りも予想通りな反応ありがとうございます」
「暴言吐いても何も解決しねぇぞ」
「言わずにはいられないんですよコノヤロー」
やはり他に実験体を見つけられないのならそれしか方法は無いだろう。
は溜め息混じりに鞄の中からビニール袋を取り出した。
透明なそれには小さな小瓶が二つと、何故か首輪にリード。
「おい、なんだその首輪は」
「前金で大分出してもらっちゃったからオプションとしてつけてみたんですけど。薬の効果を持続させる成分を染み込ませてあるんです」
「そうじゃなくて、意図は何だって聞いてンだ」
「・・・直ぐに判りますよ」
はぁ・・・と盛大な溜め息を吐き袋の中から小瓶だけを取り出す。
片や透明の液体の小瓶、片や白い液体の小瓶。
「えっと・・はい、じゃあこれ、中和剤です。持っててください」
「おう」
すっと白い方の小瓶を土方に渡す。
そして。
「・・・で、こっちが試作品・・・と。嗚呼、嫌だなァ・・・。直ぐに中和剤飲ませてくださいね」
「おう。判ってる」
本当に判っているのだか心配になる笑みで土方はを見た。
「うう・・・じゃあ、飲みます」
からからと小瓶の蓋を開けて、はその中身を一気に煽る。
ごくり。
殆ど一口分くらいしかなかった液体を飲み干して、床に小瓶をことりと置いた。
「・・・」
「・・・」
「おい・・・?」
俯いたまま何も言葉を発さないが心配になった土方が声を掛ける。
「おい・・・おい、大丈夫か?」
そっと肩に手を置き揺すってみると・・・。
ぐらりとの体が土方の方へ倒れこむ。
咄嗟に抱きとめての顔を見れば、目を閉じぐったりとして動かないではないか。
「・・・おい!畜生、人畜有害ってこういうことか!?」
慌てて土方がに手渡されていた中和剤を空ける。
そして、を床に寝かせてその口に中和剤を流し込もうとした時であった。
「・・・ぅん・・・」
「!」
「ンん・・・」
が身じろいだ。
何だ、意識を失っていたわけでは無かったのか・・・と胸を撫で下ろす土方。
「おい、。大丈夫か?」
「・・・くぅん・・・」
?」
「きゅぅん・・・」
にっこりと笑いながら土方に擦り寄る
だけど何処か可笑しいではないか。
「お、おい・・・お前その頭・・・」
「くぅん?」
気付けばの頭にぴんと尖った耳が生えている。
そうだ、丁度犬の天人の女がこんな感じだったような。
そっと指で触れてみると温かくて柔らかくて、引っ張ったら「きゃん!」と言って怒られた。
「・・・成る程・・・。で、この首輪とリードか・・・」
ビニール袋を引っ張り上げて土方は乾いた笑みを漏らした。
「きゅぅ、ん・・・くぅん・・・」
「人間の言葉まで忘れちまったのかよ」
成る程、これでは試したくないと言う訳だ。
一人でこうなってしまえば中和剤など飲めやしないのだから。
「・・・はすぐ飲ませろっつってたが・・・」
「くぅん、くぅん」
すりすりと土方に甘えるかのように頬を寄せる
普段では絶対に無いこの瞬間。
「もう少し味わっても、バチは当たらねぇよな・・・?」
「きゃん!」
答えるかのようなの声に背中を押され、土方は上着のポケットの中に小瓶を入れた。
「きゃん、きゃん」
は土方に抱きつき、頬を寄せるだけでは飽き足らず、その顔をぺろぺろと舐め始めた。
「っ、お、おい・・・こら・・・」
頬や口をぺろぺろぺろ。
それに合わせるかのように土方の脚を叩くものがあることに気付いた。
何だろうと視線を移してみると、そこにはふっさりとした尻尾が。
「・・・尻尾まで・・・。マジで、妙な薬作ったモンだな・・・」
ぱたぱたと忙しなく振り続けられる尻尾。
そんなに嬉しいのかと思うとなんだか頬が緩むのを押さえられない。
どんな感触だろうと絶え間なく振り続けられる尻尾を軽く撫でてみた。
「きゅぅん・・・っ」
途端にぴくりと体を震わせて濡れた声を漏らす
「くぅん、くぅん・・・」
そしてまた甘えるように土方の胸に頬ずりをする。
「そうか、精力剤っつってたな。ってことは・・・」
くんくんと鼻を鳴らしているを見下ろし、ニヤリと笑う土方。


「ちょっとだけ、愉しませてもらうとするか」







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ヒロイン犬になっちゃった・・・。
裏に続くようにしようと思ってずーっと出し惜しんでたんですけど・・・。
裏作るかわかんなくなったのでもう載せることにしました(爆死)
そのうち似非獣姦な続きを書きたいと思います。裏でも表でも。