アルデバランにはが来てから一つ困ることがあった。
真夜中の告白
聖域の夜はとっぷりと更けた。
仕事帰りにを巨蟹宮や双児宮(最近は天蠍宮にいたりもする)で拾い、その足で帰ってくるアルデバラン。
最近デスマスクに料理を教わっていると一緒に食事を作り、交互で風呂に入った後はのその日の出来事を聞くのが日課になっていた。
今夜もは嬉しそうに何やら箱を持ち出した。
「これね、デスマスクがもう必要なくなったからやるって言ってくれたの!」
「そうか。良かったな」
「うん!何が入ってるのかなぁ」
嬉々として喋っているが金牛宮に来てもう2週間以上が経とうとしていた。
仲良くなったのはデスマスクやカノン、シュラ、ミロなどでアルデバランはどうにもこうにも心配であったがそれなりに仲良くやっているので口は出せなかった。
最初こそ少年のような喋り方や振る舞いだっただが、どうやら最近デスマスクに『もっと良い女にしてやる』といろいろ吹き込まれているらしい。
めっきり口調はや振る舞いが女らしくなってはきたがアルデバランはやっぱり心配で仕方がなかった。
そんな折、そういう予想とは結構当たるもので。
がさがさと包みを開けて箱をぱこっと開ける。
どうやらそこに入っていたのは服らしい。
ピンク色のレースのようなものが覗いている。
「服か・・・?」
「そうみたい。着替えてみようかな」
と、言うかもう着替えてみたくて堪らないといった感じではアルデバランを見た。
服のプレゼントはこれが初めてではない。
を気に入った者達が良く服だの靴だの装飾品だのを差し入れしてくる。
そういうことに全く頓着の無いアルデバランにはとても助かることだった。
「ああ、着替えてくると良い」
「やたっ!良い感じだったら明日着てデスマスクに見せてあげよぅっと」
小躍りする勢いでは箱を持って隣の部屋へと消える。
女としての常識が足りなかった頃ならこの場ですぐに服を脱いでいたことだろう。
3週間足らずではあったが良く意識が変わったことだ。
密かにそういう常識を躾けてくれたデスマスクやカノンに感謝しながらアルデバランはが着替えるのを待つ。
程なくしてが隣の部屋から姿を現した。
「へへ、似合う〜?」
「・・・!;」
嬉しそうに隣の部屋から出てきた。
しかしアルデバランは非常に焦った。
が着ているのはなんとベビードールだったからである。
「これレースなのに裏地ないってなんか変な気もするけど・・・まあ可愛いからいっか?」
ピンクのレースで仕立てられたベビードール。
裾は白いふわふわしたもので縁取られていて非常に可愛らしく、長さはだいたいの太股くらい。
とにかく普通の標準的なベビードール・・・なのだが。
まあ当然といえば当然であるがアルデバランは顔を赤くしてうろたえている。
「ん?どしたの?似合わない?」
「い、いや似合わないわけじゃないが・・・着替えて来い」
「え?なんで」
「なんでも」
立ち居振る舞いはまだまだ子供っぽいだが、一応16歳。
体つきは既に大人の女と殆ど差は無い。
「?ま、いっか。どうせ明日着るんだしね」
「いやいやいや!!!、それは日中着て出歩く為の服じゃないぞ!!!」
何気ないの爆弾発言にアルデバランはますます慌てる。
そんな下着も同然の格好で歩かれてはアルデバランの沽券にも関わってくる訳だし。
「え?」
「強いて言えば・・・まあ、寝間着みたいなものというか・・・」
「じゃあこれってパジャマ?」
ちょっとだけズレた回答が返ってきたがまあそんなところだと曖昧に頷いておいた。
とにかく喋るより早く着替えて欲しい。
目のやり場に困りながらアルデバランは早く着替えるようにに言った。
しかし・・・。
「え?ヤダ。これ涼しいし可愛いもん。僕、今日からこれで寝る」
「;・・・!!」
更に爆弾発言。
「冬になるまではこれにする。流石に冬はコレ無理っぽいけど」
「・・・」
「え?何か問題ある?」
無言になったアルデバランを訝しげな目で見上げる。
問題は大有りではあるのだが、如何せんそれを説明することが出来ないアルデバラン。
諦めるしかない。
アルデバランが諦めオーラを背負ったのが分かったのかはにこりと笑うともう何も言わなかった。
そして時計を見上げる。
「あ、もうこんな時間だね。そろそろ寝ようよ」
と言ってアルデバランの腕を引く。
「う、うむ・・・」
これは困ったことになったと、デスマスクを思い切り恨みながらアルデバランは生返事を返すしかなかった。
腕を引かれるままと連れ立って寝室へと移動する。
そしてはさも当然のようにベッドによじ登る。
元々そこはアルデバランのベッド。
身長210センチ、体重130キロの彼が快適に眠れるようにしつらえられたそれはたかだか小娘一人増えたところで寝る分には何の問題も無い。
そう、が金牛宮に来て以来のアルデバランの悩みはこれだった。
『と一緒に寝ること』
勿論一緒に寝るだけでそれ以上でもなければそれ以下でもなく。
だが流石にベビードール姿のと一緒のベッドに入るのは非常に良心が咎める思いである。
今までの普通のシャツとズボン姿ならいざ知らず。
これはもうまずいどころの話ではないだろうと。
「・・・・・・お前は先に寝ていろ。俺は・・・その、もうちょっとやることがあるのを思い出したから」
「え?じゃあ僕待ってるよ?お仕事なら手伝うし!」
「い、いや・・・大丈夫だ。すぐに終わる・・・だから先に休んでいろ」
歯切れ悪く言い、慌てて部屋を出て行くアルデバラン。
反論の余地無くぽつんと広いベッドに取り残されたは納得行かない表情でアルデバランの消えた扉を見つめていた。
とりあえず金牛宮の執務室に逃げ込んだアルデバラン。
ここは普段あまり入るなとに言ってあるからしばらくは心配ない。
その間にが眠ってくれる事を祈る気持ちで机に向かう。
本当はやることなんてありはしない。
しばらく時間を潰して・・・いやしかしそれではと一緒のベッドに入ることを回避できない。
もういっそこのまま朝まで起きているか。
そのほうがいいかもしれない。
独りでそう結論付けたアルデバランは椅子に背中を預けた。
ぼんやりと視線は宙を彷徨う。
ベビードールを来たは非常に可愛らしかった。
いや普段の服でも十分すぎるほど可愛いのだが。
この3週間足らずで最初の対面でのとは思えないほど健康的になったものだ。
まだまだ華奢で小さいものの、見違える。
そんなが金牛宮で住まうようになってからは娘のように大事にしてきたつもりだった。
だけどアルデバランは知っている。
気付かぬ振りをしている自分の本心を。
そんな時、小さな足音がドアに近づいているのが分かった。
だ。
そう思ったアルデバランは咄嗟に引き出しから古い書類の写しを取り出して机に置く。
兎にも角にも『用事など何も無い』ことを悟られてはまずいと思っていた。
遠慮がちにノックの音。
「・・・アルデバラン?まだ、終わらない?」
入るなと言ってあるだけあって勝手にドアを開くことはしない。
遠慮がちに掛けられる声に終わらないことを告げた。
すると。
「・・・邪魔、しないから・・・入っちゃダメ?傍にいたい・・・」
それは困る。
だって仕事など何もないのだから。
「・・・先に休んでいろ。すぐに行くから」
罪悪感に苛まれつつ嘘を吐いた。
今晩はもうと顔を合わせるつもりも無い。
気付かぬ振りをしている真実に気付く前に扉を閉ざしてしまわなくては。
「・・・・・・」
ドアの外は静かになった。
しかし足音もしないことからはまだドアの前にいるのだと考えられる。
やや沈黙が流れた後。
「・・・ヤダ。嘘吐き」
と言う静かなの声が聞こえたかと思うと、予告も無くドアが開いた。
初めてがアルデバランの言いつけを破った瞬間だった。
「アルデバラン、明日も早いんだろ。寝るよ」
ふと気付けば口調が元に戻っている。
「いや・・・だからまだ俺には・・・」
「書類、逆様に置いてなんの用事済ますの?」
指摘されてアルデバランは慌てて写しの文書を見た。
確かに、上下逆様。
そんなことも気付かないほどに動揺していたとは。
「う・・・」
「・・・はぁ・・・いいよ、アルデバラン。僕も・・・悪かったから」
必死で言い訳を考えているらしいアルデバランに向かっては苦笑いを返す。
対するアルデバランにはの言葉が良く分からない。
「ごめん、アルデバラン困らせるって分かってたのに」
「・・・?何の話だ、」
「・・・ここじゃなんだから寝室行こうよ。もう十分お互いに嘘吐き合っちゃったし」
「?」
嘘を吐いたのは自分の方ではないのだろうかとアルデバランは首を傾げる。
しかしは「いいから」とアルデバランの手を引いた。
向かうは寝室。
はベッドの淵に腰をかけて、自分の隣をぽんぽんと叩いて見せた。
隣に座れ、ということらしいと気付いたアルデバランは一応言うとおりにする。
「・・・うーん・・・何から言えばいいのか分かんないんだけど・・・」
少し言い澱みながらは気まずそうに俯いた。
「ま、いいや。一番分かりやすく初めから説明すると・・・えと・・・」
言いにくそうな。
しかし話の腰を折るのはどうかと思うのでアルデバランは口を出さずにいた。
「・・・・・・だからつまり・・・・・・・・・僕、僕・・・アルデバランが・・・好き、で・・・デスマスクにどうしたらいいか聞いたら『コレ着て一緒に寝ろ』って言われたんだ」
「・・・・・・・は?」
「うう、ゴメン!!アルデバラン困らせるの分かってたんだけど・・・でも・・・僕どうしてもアルデバランを他の人に取られたくなかったから・・・」
思いも寄らぬの自白に間抜けな返事を返してしまった。
頬を真っ赤に染めては言葉を続ける。
「そのうち・・・カノンまで一緒になって『早めに寝取らないと取られるぞ』とか言い出して・・・。絶対大丈夫だからって二人が言うから・・・。ごめんね、ごめんね、困らせて」
ちょっと涙声交じりで謝って。
はぱっとアルデバランを見上げた。
「だからお願い。僕のこといらないって言わないで。嫌いにならないで・・・!もう、困らせたりしないから!!」
がしっとアルデバランに抱きついて、は広い胸に顔を押し付けた。
アルデバランは硬直したまま動けない。
ぐるんぐるんとの言葉が頭の中を回っている。
そのまま暫らく沈黙が続いた。
「・・・」
「・・・なぁに」
「止めておいた方がいいと思うぞ」
「へ?」
今度はが間抜けな声を出す番だった。
見上げるとアルデバランは非常に真面目な顔をしている。
「俺なんかよりもっと良い奴がいるだろう?デスマスクやカノンが良い例だ。俺は女に好かれるようなタイプじゃないぞ」
たっぷり時間をかけて真面目に考えた結論である。
だがは首を横に振った。
「馬鹿言うなよな!デスマスクとかカノンじゃ不幸になるの目に見えてるだろ!!!女の影はちらつくし、乱暴だし、金遣い荒いし、その癖仕事しないし!」
「う・・・」
まあ・・・の言うことも正論ではある。
もしがデスマスクやカノンと付き合いたいと言ったら、自分の気持ちを抜きにしても絶対に反対しただろう。
・・・だって不幸になるの目に見えてるから。
己の中の矛盾に気付かされつつ、しかし反論するアルデバラン。
「そ、それならば誠実なサガとかがいるだろう」
「サガぁ〜・・・サガは・・・なんかお父さんって感じだからやだ!」
「!」
驚いた。
てっきり自分がそう思われていると思っていたのに。
だから諦めていたのに。
改めてアルデバランはマジマジとを見た。
初めて会ったとき名前をやった少女。
拾った事を夢現ながらに覚えていた少女。
一緒に暮らせて嬉しいと言ってくれた少女。
嫌いにならないでと訴えた少女。
・・・自分を好きだと言ってくれた少女。
「・・・」
思わず抱きついているの背に腕を回してしまう。
華奢すぎる体を潰さないように細心の注意を払いつつ。
抱きしめられたことに驚いて目を見開き、アルデバランの腕を見下ろした。
しばし放心したようにそれを眺めていたがふとアルデバランに視線を移してにっこりと微笑んだ。
「えへ・・・アルデバラン、好き」
嬉しそうにまた胸に頬を寄せてくる。
それを見てアルデバランもややうろたえながら言葉を返した。
「・・・俺も・・・お前が好きだ」
言いながら照れまくるアルデバランを見ては少しだけ声を上げて笑ったのだった。
「で?で?どうだったんだよ」
結局昨夜はあのまま二人して同じベッドで寝た。
・・・とはいえ今までどおりそれ以上でも以下でもなかったが。
次の日、やはり巨蟹宮に遊びに来たを待っていたのは経過を聞きたくて仕方が無いデスマスクとカノンだった。
いつもなら絶対に起きていないような時間なのにこの日に限っては先に食事まで済ませを待っている始末。
「ちゃんと着たか?」
「寧ろ迫ったか?」
などと無責任な言動を繰り返す二人にはへらっと笑って見せた。
「着たよー。迫らなかったけど。でも結果オーライだったからいいんだ!」
満面の笑顔で嬉しそうに言う。
成る程、結果だけは物凄く二人にも伝わってくる。
「・・・うわ、なんつーか・・・」
「ああ、ごちそうさまって感じだな・・・」
そういって苦い顔で二人が顔を合わせているのを尻目に、だけはとても幸せそうな笑みを浮かべていた。
「早くお昼にならないかなっ。迎えに来てくれるの楽しみで仕方ないんだ!」
「「・・・」」
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さぁさぁこのまま恋人同士です。親子っぽかったから心配でしたが恋人同士です。
この後はこの設定のままもれなく18禁な短編を書いていこうかと(笑)
アルデバラン好調に更新ってほんとどうなんでしょうね・・・^^;