デジャヴ
車で30分も走れば、既にそこは「街」であった。
「ここ、何処・・・?」
「日本の・・・まあ関東圏じゃな。儂も実はよぅわからん」
笑って言う童虎。
それでいいのか。
そのまま暫らく車は走り続け、漸く一つのマンションの前に着いた。
「え?何・・・ここ」
下ろされてキョトンとそのマンションを見上げる。
「儂も暫らく日本に滞在するからのう」
「えっ・・・えっ・・・。ホテルとかに泊まるんじゃないわけ!?」
仕事で日本へ来たのは分かった。
そのついでに自分を日本へ送ってくれたのも分かった。
でも・・・これじゃあ同棲じゃないか。
そんな考えが僅かに浮かんだが、は頭を振って否定する。
「仕事で日本に派遣した人のためだけにマンション借りるなんて・・・すごいところで働いてるのね、童虎って」
少しピントのずれたの感想に童虎は苦笑いするしかなかった。
そこで車も見送って、マンションのエントランスへ二人して入っていく。
「・・・」
少し車に酔ってしまったのだろうか、なんだかは気分が悪かった。
「?・・・どうかしたかの?」
「う、ううん・・・何でもないよ」
そのうち治まるだろうと笑みを作って童虎に答える。
長時間の移動できっと疲れたのだ。
そのまま童虎の後についてエレベーターに乗る。
童虎が何ともなしに最上階のボタンを押したのを見て密かに感嘆してみたりして。
しかしエレベーターが最上階に着いた後は「密かに」感嘆なんか出来なかった。
「・・・ありえない」
開口一番それか、と言われてもおかしくなかったかもしれない。
しかしその感嘆も無理ないことと言えよう。
何故なら。
「・・・最上階って・・・フロア全体が一つの居住区になってるのね・・・」
ちらと表札を見たら『グラード財団***支部』と書かれていた。
グラード財団?
ふと何かの引っ掛かりを覚える。
「・・・グラード・・・財団・・・」
思わず口に出していた。
耳聡くそれを聞き取ていた童虎。
「どうしたのじゃ。何か思い出したかの?」
「・・・うぅん・・・思い出したわけじゃないんだけど・・・グラード財団、なんか引っ掛かるって言うか・・・」
『グラード財団』と言う名前を知っていることは指して珍しいことでも何でもない。
過去のTV放送等もあり、その名を知らない人間の方が恐らく少ないのだろう。
だが敢えてそれが引っ掛かるという。
童虎の視線が少し鋭くなった。
「ああ、ダメ。何が引っ掛かるのかよく分かんない」
直ぐに考える事を放棄した。
出来ればもう少し反応を見たかったが仕方ない。
「まあ無理はせんことじゃな。ほれ、入ったらどうじゃ」
「あ・・・うん」
マンションのくせに広すぎる玄関を通り、部屋に入る。
先程の車酔いはまだ落ち着いていなかった。
「・・・童虎・・・ごめん、ちょっと車に酔っちゃったみたいで・・・休ませてもらっても、いい?」
「何?そりゃいかん、よしよし、こっちへおいで」
案内されるままについていった先は寝室。
「少し眠るが良いわ。そこに着替えも入っておるはずじゃ」
童虎がクローゼットを指差す。
「う、うん。ありがとう」
「ほっほ、気にせんでもよい。ゆっくり休むのじゃぞ」
「うん」
そのまま童虎は部屋を後にした。
残されたは寝室を見渡す。
広すぎるくらいの寝室だと思った。
そして何よりも二つ並べられたベッドが何となく羞恥心を呼び起こす。
「・・・童虎も、やっぱこの部屋で・・・寝るんだよね・・・」
あの口調がなんとなく安心させてはくれるものの、所詮は男だし。
「・・・気にしてて仕方ないか。それに童虎はあいつみたいに無抵抗の女に手を出す筈が・・・」
クローゼットを開けながら呟いた言葉にはっとする。
誰だ「あいつ」とは。
自然に口を突いて出てきた言葉だった。
「・・・っ」
寒いわけでもないのにぞわりと肌が粟立つ。
潜在意識下で自分は一体何を知っているのだろう。
ますます気分が悪くなったような気がする。
は着替えるのを止めて、ベッドに向き直るとそのまま倒れこむようにしてベッドに寝転がる。
ベッドサイドにあった時計を何気なく見てみたらデジタル表記で21:47となっていた。
あと2時間と少しすれば記憶を失って24時間経つことになる。
「・・・私の記憶・・・本当に戻るのかしら」
丸一日思い出ぜなかったことが、一週間なり十日なり一年なり過ぎていく間に思い出せる訳があるのだろうか。
天井を見上げ溜め息をつく。
そのまましばらくぼんやりしていたが、やがて軽く睡魔が襲ってきて。
うとうととしている間に眠ってしまったのだった。
―――***!!
「っ!?」
は大声で名前を呼ばれた気がして覚醒した。
本当の名前で呼ばれたのがはっきり分かった。
しかし周りを見回してもいるのは自分一人。
呼ばれるはずが無い。
ああ、だけど今なんて言われたのだろう。
全く覚えていない。
時計を見ると丁度24時を回っていた。
もう一日経ってしまったのか。
何故だろう、物凄く残念な気がした。
はゆっくり起き上がるが、もうこのまま明日まで寝てしまおうかと考える。
ここで起きて行って童虎と共に同じ寝室に戻ってくるなんて恥ずかしすぎる!と言うのが理由だった。
そうだそうだ、もう朝まで寝てしまおう。
そう思ったときだ。
不意にがちゃりとドアが開けられた。
「・・・ん?、起きておったのか?」
「あ、うん・・・今、起きた・・・・トコ・・・」
の言葉が詰まる。
自分の血の気が引いて行くのが分かった。
「どうした?」
「・・・」
今の童虎との会話に酷い既視感を覚える。
前に一度、絶対今と同じ会話を誰かとしたことがある。
「・・・?」
「・・・・・・童虎・・・私――」
ぱっと顔を上げた瞬間。
視界が歪んだ。
誰だ。
この後童虎じゃない誰かと同じような会話をしたのだ。
それでどうした。
「―――」
「ごめん童虎ちょっと黙って!」
思い出せそうな気がする。
その時自分は誰で何処にいて何がどうなってしまったのか。
目の前にいたのは童虎じゃなくて。
会話をした後二人で何かをして。
そしてその後私は中国のあの家の前に倒れていて。
『24時間後だ』
『その時一緒にいる者が』
『暗示は解けにくいかもしれないが』
『30時間しても連絡が無かった場合』
『思い出せなかったら』
『***』
『君も或いは』
『幸運を祈る』
ばっとは顔を上げる。
そのただならぬ様子に童虎の表情も険しくなった。
「・・・私」
ああ、目の前の人が険しい顔で自分を見ている。
「何故・・・なんですか」
「・・・思い出したか」
こくりとは頷いた。
「私・・・童虎様に頼みましたよね?能力の一切を奪って捨てて下さいと」
「・・・」
「シオン様でも・・・封じることは敵わなかったということですか・・・?」
24時間前。
この場所ではシオンといた。
今生の別れをしたはずだった。
「お主がその力を悲観していることはシオンも知っておった」
「・・・」
「力を封じる暗示をかけたが、それがうまくいかなかったみたいでのう。お主は記憶をなくしてしまったのじゃ。結局、お主は今自力でシオンの暗示を解いて記憶を取り戻したということになるのう」
「元の木阿弥・・・ということですね」
がくりと項垂れる。
気の毒に思った童虎だが、全く何の力になってやることも出来ない。
慰めるように軽く頭を撫でてやった。
「っ・・・触らないでください・・・っ!私の能力は知ってらっしゃるでしょう!!」
叫ぶように言って、は童虎の手をはねのけた。
「儂は気にせんぞ?」
「私が気にします・・・!」
「・・・」
「忌々しい能力・・・っ、大好きな童虎様に触れることも恐ろしい・・・」
は苦い表情で童虎から視線を逸らした。
「、儂は気にせんと言っておろうが」
ぐいと童虎はの腕を引き抱き寄せた。
は小さく悲鳴をあげてその腕から逃れようともがく。
しかし童虎はしっかりとを抱きしめていて離れてくれない。
「童虎様!!止めてください!!!私、貴方のお心を読んでしまう・・・っ」
「構わぬ。お主がテレパスであろうと関係ないわ」
それに元々聖闘士はテレパシーが使える。
ただそれは人の考えを読んだりするわけではなく通信手段として使われているが。
普段は思考を閉じているので相手に考えが漏れることは無い。
ただの場合はその力が強すぎるため、思考を閉じても触れているものの考えが僅かに聞こえてきてしまうのだ。
勿論無心になることが出来ないわけではない。
が、常にそんな不自然な状態でいるわけでもない。
結果それを気に病んだが童虎に能力を剥奪して欲しいとせがんだのだった。
能力が無くなれば聖域にいることは出来なくなる。
だけどそれを差し引いてもは天性の能力が嫌いだった。
大好きな童虎の心を読んで嫌われてしまうくらいなら、全て忘れ去ってしまった方が良いと思った。
「、このまま儂と聖域に帰らんか?」
「・・・え」
「お主に丸一日会わぬだけでこれじゃ。分かるじゃろう?」
「・・・っ」
ざわりと風が突き抜けた気がした。
童虎の思考が波のように押し寄せては、引く。
暫らくそれを感じていたが、やがて先程の状態に戻った。
「・・・童虎様」
頬を真っ赤に染めては童虎を見上げる。
「どうじゃ?これでも儂から離れていくと言うつもりかの?」
対する童虎は余裕の表情で笑っている。
「分かりました。戻らせていただきます。それに・・・」
「なんじゃ?」
「きっと記憶を消してもらっても、童虎様への思慕で思い出してしまうと思いますから」
の返答に童虎は嬉しそうに頷いた。
「またお傍に置いてください」
「ほっほ、よしよし。それでは直ぐに仕事を片付けて聖域に戻るとするかのう」
「お手伝いします。シオン様直伝のサイコキネシスで」
にこりと強かに笑った顔。
ふっきれたようなその笑みに童虎も満足そうであった。
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ヒロインを殺し屋にするかどうするかものっすごい悩んで止めました。
17歳だし、やっぱり殺し屋だとラブラブになりにくい気がしたので^^;
今回ヒロインの設定微妙ですね・・・分かりにくい。ごめんなさい。