思えば、もう16年も生きてしまった。
思えば、良いことなんて何も無かった。
もう死んでしまいそう。
お腹空いて立ち上がれない。
そういえば最後にベッドで寝たの何時だっけ。
嗚呼、死ぬ前にお風呂入りたかったな。
ここ何日も笑ってない気がする。
嗚呼、せめて最後に一口水が飲みたい。
「・・・喉、渇いた・・・」
掠れた声で文字通り絞り出した様な声で僕は呟いた。
思えば生まれて16年。
苦しい人生だった。
お金は元より、食べる物も住む所も無くて。
なんでパパとママは僕を作ったんだろってずっと思ってた。
作るならちゃんと育てろよ。
何で作るだけ作って僕を捨てたのさ。
顔も知らない親に釈然としない思いを抱きながら、僕は絶対に子供なんて作らないと心に決めた。
生活らしい生活も出来なかった。
ああこんなところで行き倒れなんて。
・・ていうかココ何処?
あ、なんか僕宙に浮いてるみたい。
アンタ・・・誰・・・?
薔薇色未来
「・・・で、拾ってきたのですか?」
「仕方なかろう、あんなに堂々と行き倒れられては」
「だからって犬や猫じゃないんですから・・・」
「犬猫呼ばわりしてやるな;」
腕に抱えた少女を見て苦笑を浮かべる。
「とりあえずムウ、ちょっと診てやってくれないか」
「・・・分かりました」
僅かの躊躇があったが、ムウは頷く。
そしてアルデバランから手渡された少女を見てぎょっとした。
痩せた体、バサバサの髪、力なく閉じられた目。
「これは何と言うか・・・」
「・・・放っておけんだろう?」
「まあ、そうですね」
死んでるんじゃないかと不安になる程、少女の様相は痛ましい。
幸いムウの診たところでは大分衰弱しているがちゃんと手当てすれば命には別状ないとのこと。
だけどそれは放っておけば死んでいたということで。
「早く発見してもらえて良かったですね」
「ああ」
「サガにもさっき連絡しましたから、心配は無いでしょう」
恐らくすぐにやって来る筈だ。
教皇の間にいるだろうから少し時間は掛かるかもしれないが。
その間にムウは少女の体についた泥や砂を、湯で湿らせたタオルで拭ってやる。
そうこうしているうちにサガは現れた。
「ムウ、瀕死の少女というのは・・・」
「こちらですよ」
すいっとムウが少女を寝かせたベッドにサガを招く。
通された先でベッドの脇に一人の大男がいるのを見てサガは目を見開いた。
「なんだ、アルデバラン。お前もいたのか」
「彼女を拾ったのは彼ですよ」
「・・・さっき任務から帰ってきた所だ。白羊宮から少し離れたところでな・・・行き倒れていた」
「成る程」
何処ぞの誰かならいざ知らず。
確かにアルデバランならそんな少女を見殺しにも出来ないだろう。
「サガ、医療用設備を用意してもらえますか」
「ああ、分かった」
サガはさも当然だというように頷いてみせる。
しかしこの時まだ誰も、ムウでさえ少女の悲惨な姿だけしか見ていなかった。
そう何故この少女がこんなところで行き倒れていたのか。
その理由を考えるものはいなかったのである。
そして一週間後。
ムウとアルデバランは揃って教皇の間に呼び出しを受けていた。
勿論心当たりはある。
件の少女のことだ。
「元気になっているといいですね」
「・・・ああ」
やせ細った少女の体を思い出しながらアルデバランは頷く。
一番下から一番上へ行くだけあってやや時間は掛かったが指示された時間より少し早く教皇の間に着いた。
上がってくる間、全部の宮の主達に「何かあったのか?」と聞かれながら・・・。
「皆暇ですねぇ。私も『何かあったのか』なんて一度で良いから聞いてみたいものです」
「・・・;まあ俺たちはあまり聞く機会はないな、確かに・・・」
何人かは宮を空けていたりしたがあれが無ければもう少し教皇の間に早くついていたことだろう。
二人はつかつかと教皇の間に入っていった。
そしていつもならそこでサガが待っている。
そう、いつもならば。
しかし・・・。
「お、来たか。流石時間通りだな」
待っていたのはサガと同じ顔でも性格は全く違う・・・そう双子の弟カノンだった。
「カノンですか。・・・サガはどうしたんです?」
「いやぁ、あのガキが兄貴怒らせちまって。多分そろそろ見つけて戻ってくると思うんだがな」
肩をすくめながらカノンが言った矢先、奥の方からバタバタと走ってくる音が聞こえた。
どうやら渦中の人物のようである。
3人が足音のする方に視線を向けていると少々髪を乱したサガが少女を小脇に抱えて戻ってきた。
「ああ、ムウとアルデバラン。待ちわびたぞ、全く」
「おやおやお姫様はまたこんな格好してンのな」
「放せよ、サガ!!カノンー、助けてェ〜」
じたばたと暴れる少女をひとまずカノンに渡してサガはげんなりした表情で二人に向き直った。
「・・・まあこれでお前達を呼び出した訳が何も言わずとも伝わったと思うが」
苦い顔でカノンと少女を横目に見ながら疲れたように顔に手を当てるサガ。
その時である。
カノンに構われていた少女がふとムウとアルデバランの方を向いて『あ』という顔になった。
そしてとことこと二人の傍にやってきた。
これにはちょっとカノンも驚いた様子。
少女はそのまま何を思ったかアルデバランの手をがしっと掴んでにこりと笑った。
「アンタの顔、覚えてる!最後に見たの確かにアンタだ!!」
へらりと笑い続ける少女。
アルデバランは如何して良いのか分からず固まった。
「まあ・・・確かに見つけたのは貴方ですからね。偶然、かもしれませんが」
「僕ずっとアンタに会いたいと思ってたんだ!見っけてくれてありがとう!!」
「いや・・・礼を言われるほどのことでは・・・」
返答に困ったアルデバランが助け舟を求めてサガとカノンを見た。
しかしサガは少女の素直さに驚いて口をあけたまま固まっている。
仕方なくカノンが少女に声を掛けた。
「お前いきなり素直だな」
「ふふん、野良犬は恩人ことは忘れないんだ」
得意そうに少女が言った影でムウが呟く。
「・・・だけどどうやら私のことは忘れているようですけどね」
「ムウ・・・;」
「冗談ですよ」
そんな黒い微笑で冗談だと言われても全く説得力に欠ける。
「じゃあ丁度良いな。アルデバランかムウかに引き取ってもらおうと思ってたけどアルデバランで決定で!な、兄貴」
「・・・え、あ、ああ!そうだな!!これで漸くここが静かになる」
ぼんやりしていたサガもやっと我に返り疲れた笑みを浮かべている。
「な、おいちょっと待て。勝手に・・・」
『勝手に決めるな』と言おうとしたがぎゅっと握られた手に力が篭ってアルデバランは言葉を途切れさせた。
「僕、もう身寄りも無くて・・・このまま放り出されたら今度こそどっかで死んじゃうかも・・・。お願い邪魔しないからお家に置いて・・・?」
そういって見上げる少女は少女だった。
さっきまでの女の子らしくない態度は何処へやら、急にしおらしくなり目に涙をを溜めてお願いしてみせる少女。
これがデスマスクやカノンなら何かしら反論しただろう。
しかしそこはそれ、生憎とアルデバランはデスマスクではなかった(当たり前だが)
「う・・・わ、わかったから泣くな」
「おっ話が分かるね!やったァ♪」
了承の言葉が出た途端、さっきまでのしおらしさは何処へやら手放して喜ぶ少女。
やれやれとムウは思ったが今更目の前の大男が言葉を撤回するとも思えない。
「さてと、用は済んだみたいですので私は帰ります。アルデバラン、貴方は如何しますか?」
「あ、ああ・・・俺も戻る。・・・じゃあ一緒に来い。ええと・・・」
少女を呼ぼうとして言いよどむアルデバランに少女はぱっと明るい笑みでもって答えた。
「あ、僕名前無いの!だから好きな名前で呼んで」
にへらと屈託無く笑う少女。
流石にこの言葉には些かムウも驚いた様子。
しかしもっと驚いた人物がいた。
それはサガとカノンである。
「何!私達にはエスファリナルマリエッタと名乗ったではないか!!」
「まあ長かったから結局エスって呼んでたけどな」
「・・・それで信じる方もどうかしてますよね・・・。なんですかその長ったらしい名前は」
呆れたようにムウが突っ込む。
「あはは、いやーだってまさか信じるとは思わなかったんだもん。サガが生真面目に僕の名前フルで呼ぶとき笑い堪えるの苦労したんだよ〜?」
もう今だから全然笑えるけどさー、と言いながら少女はくるりとアルデバランを振り返った。
「ま、という訳で僕は16年程生きてきて人に名前を呼ばれるなんてことなくてさ。名前なんか無いの。不便だと思うなら適当に付けて呼んでよ」
特に何でもないようにさらりと言ってのける少女。
しかしアルデバランは絶句していた。
どういう生い立ちかは知らないが行き倒れになっていたあたりで大体の想像はつく。
だがこんな台詞をさらりと言ってのけるとは。
一体少女はどんな生活をしていたのか。
流石に少女の言葉にムウもサガもカノンさえも表情を固くしていた。
笑っているのは少女だけ。
「ん?どしたの?皆。カノンもサガみたいな顔しちゃってさ」
「・・・いや・・・アルデバラン、とりあえず固有の名前を一つ決めておいた方がいいだろ。こいつの意向だ、お前が決めてやれよ」
促されて咄嗟に頷いたアルデバラン。
しかしいきなり名前といわれても、女の名前なんかそうそう直ぐに思いつかない。
少女を含めた他の者は期待を込めた目で見ているし・・・困ったアルデバランはふと一つの名前を思いついた。
「・・・、なんかどうだ?」
「?・・・なんか凄く女っぽい名前だな・・・ちょっと、照れるかも」
くすぐったそうに笑う少女。
だけど決して嫌そうな顔をしているわけではない。
「良い名前じゃないですか。、良かったですね」
「・・・ん!ありがと!!えーっとアルデバランだっけ?」
「ああ」
「へへっ、じゃあ改めて宜しく!!」
そういって少女は照れたように頬を薔薇色に染めて笑った。
思えば、まだ16年しか生きてなかった。
思えば、良いことなんて何も無かったけれど。
未来は薔薇色であれ。
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変換少なッツ!!!!!
なんていうか・・・悲惨なヒロインが幸せになるところを書きたかったんです。
これぞ夢の王道!シンデレラストーリー!!みたいな奴を・・・。玉砕してますか。
ていうかいきなりアルデバランかよ。また需要のなさそうなものを・・・。
このまま続きます。なんとか365題で・・・続けていければ良いなァ・・・。
連載はかなり苦手なので・・・あうあう、どうなるんだか・・・あうぅぅぅ。