ご馳走様
ある日、山崎が屯所に帰って来た時のこと。
屯所の門をくぐった時、出て行こうとする土方と最近出来たところだと言う土方の婚約者とすれ違った。
ごく偶に土方が彼女と会っているところを目撃したことはあるが近くで見たのはこの日が初めてで名前も知らない。
だけど淡い紫の着物に身を包んだ彼女は驚くほど美しかった。
一体何処で出会ったのだろうと、そんな疑問が頭に浮かび山崎は出て行こうとする女性を目で追ってしまう。
それに気付いたのであろう、彼女は山崎に視線を移すとふっと微笑んで。
「こんにちわ」
と、鈴の鳴るような声で言ったのだ。
そこで漸く山崎のいることに気付いたらしい土方。
「・・・山崎か」
「山崎様と仰られますの?初めまして」
「は、初めまして、こんにちわ・・・」
にっこりと綺麗な顔で微笑まれ恐縮したように山崎が言葉を返す。
すると彼女はちらりと土方の方を見遣るととんでもない事を言った。
「十四朗様、山崎様も御一緒にお食事に行きましょう」
屈託の無い笑みで以って山崎を恐怖のどん底にまで陥れるようなそんな言葉を吐いた。
「アァ?」
嫌そうに彼女を見下ろす土方。
だらだらと山崎の額から冷や汗が流れる。
この後裏に連れ込まれて取りあえず殴られた後「あいつは用事があって行けなくなった」とかしれっと言うんだろうなァ・・・。
そんな予想が山崎の頭の中を駆け巡る。
だがそんな予想に反して。
「ダメ、ですか?」
土方の返事に少し困った表情で彼女は上目遣いに首を傾げた。
「・・・ちっ、仕方ねェ。山崎、ついて来い」
「えっ!?あ、は、はい」
まさか了承するとは思わなかった山崎。
思わず聞き返してしまったが土方が睨むので慌てて返事をする。
そして彼女の言うままにその隣に並び、歩き出したのであった。
しかし。
よくよく考えてみれば土方と食事などとんでもない話であった。
異常なほどマヨネーズを好いている土方と食事だなどと・・・食事に来たのだかマヨネーズを食べに来たのだか判ったものじゃない。
いや待て、もしかしたら彼女がいるときは普通かもしれないいや普通であってくれ。
山崎は祈るように席につく。
適当に頼み、しばらくして運ばれてきた料理を見ると、なんとマヨネーズが掛かっていないではないか。
一緒にチューブで運ばれて来てはいるが、最初から掛かっているのと掛かっていないのとでは大違いである。
やった!俺の祈りが神に通じた!!
山崎が密かに大歓喜していると。彼女がそのマヨネーズを不思議に思ったらしい。
「十四朗様、マヨネーズがお好きなのですか?」
「おォ。お前も食え」
キャップを取り、彼女の食事の上に盛大にマヨネーズをぶちまける土方。
おいおいやっちゃったよこの人・・・な目で山崎はそれを見守っていると・・・。
案の定彼女が声を上げた。
「きゃぁっ!十四朗様、な、なんてことを・・・っ」
「アァ?俺の食い方に文句あるってのか」
「そうではありません!こんな、こんな贅沢な・・・、おかずがあるのにマヨネーズをご飯にかけるだなんて・・・っ」
「ふ・・・気にすんな。好きなだけ食え」
「・・・頂きます」
あれ、何か話が変な方向に・・・と思っていたら彼女はその食事を恐る恐ると言う風に口に運ぶ。
しかしそれは決して嫌がっていると言うわけではなく、山崎には寧ろちょっと感動しているようにも見えた。
「十四朗様・・・美味しいですっ」
二口ほど食べて彼女はにっこりと笑う。
土方もつられるように笑んで、自分の椀の上にやはりマヨネーズをぶちまけて掻き込んだ。
その様子を見ている山崎は。
嗚呼これ以上ないくらいのお似合いカップルだよ・・・。
なんて、遠い目で思っていたのであった。