彼女の不運は、生まれながらに麗しかった事。
SHOUT from abyss
鏡よ鏡。
世界で一番綺麗なのは私じゃないと言って。
お願いだから、そう言って。
母が、出て行った。
それはが12歳の時のことだった。
離別の書置きだけを残して忽然といなくなってしまったのである。
呆然として部屋にへたり込む。
母が出て行った。
部屋の隅に蹲り、声を殺して泣くしかなかった。
どれくらいそうしていただろう。
やがて父親の帰ってくる音が聞こえた。
知らずの体が強張る。
「?、何処だ?」
「・・・」
自分の居場所を知らせることもなくただ座り込んでいるだけ。
「・・・?ああ、なんだここにいたのか。お母さんはどうした?」
「・・・出て行った」
呟くようなの言葉に一瞬父親は驚いたような表情になる、が・・・すぐににっこりと笑って。
「そうか、出て行ったのか。良かったじゃないか。これで俺といつでも愛し合えるな」
「・・・」
殊の外嬉しそうな父の声。
「じゃあ先に一緒に風呂に入ろう」
「!?・・・嫌っ、一人で入れる・・・!」
腕を強引に掴まれて戦慄した。
強く抵抗するように逃げようともがく。
「照れなくてもいいぞ。・・・そうか、今日から生理だったな?大丈夫、お父さんが綺麗に洗ってあげるよ」
「っ・・・!?」
何故知っているんだろうと、の体がぎくりとして止まる。
それを父親は簡単に抱き上げた。
(・・・生理きたのあの後だったのに・・・)
恐ろしい事の後で、は生理がきたと気付いた。
父に気付かれないようにそっとベッドを出て下着を替え、その下着も見つからないように隠しておいたのに。
起きる時間もほぼ同じ。
じゃあ何時気付いたのだろうと考えて答えは一つしか出ない。
(・・・もしかして・・・三角コーナー、見てるんじゃ・・・)
ぞくりと背筋が粟立った。
同時にかっと頬が熱くなる。
羞恥によるものか憤りによるものか自身もはっきりとはわからないけれど。
吐き気すら湧き上がってくる気がする。
自分を抱き上げるこの男。
どんな軽蔑の言葉ですら言い表せない最低の人間であると思う。
母がいなくなった所為でこれからどんな扱いを受けるのかと思うと、はこの世から消えてなくなりたいとすら。
だけどそれも容易に叶わない事を知っているので諦めるように腕をだらりと放り出すのであった。
そんなにも転機が訪れた。
母が出て行って5年後の17歳の冬である。
かねてより知り合いだったブリーダーがポケモンを一匹プレゼントしたいと言ってきたのだ。
「・・・なんで急に?」
あの父がポケモンを飼う事を許すかどうかは判らないと思いつつも一人であんな生活は耐え難いと思っているは是非とも欲しいと思った。
「うーん・・・それがねぇ・・・」
モンスターボール片手に困った表情で彼女は言う。
「この子、懐かないと進化しないんだけどあたしじゃなくてが好きらしいの」
「私・・・?」
「だから、あたしじゃ進化させれないしにあげようかなと思って・・・ごめんね?こんな理由でさ」
「・・・ううん、嬉しい。貰っても良いなら是非貰う・・・!」
実ははポケモンが大好きで、将来は色んなポケモンと触れ合えるブリーダーになりたいと思っていたのである。
そういう繋がりでこのブリーダーとも知り合いなわけであるが、あの父親がポケモンに裂く時間を全くくれない為、半ば諦めていたのだ。
それならばせめて。
この貰った一匹を出来るだけ強く育ててやりたい。
トレーナーとしての勉強などしたことが無かったけれど、はそう思った。
「じゃあこの子はにあげるね。進化するところ見たいから、一緒に草むらまわってもいいかな?」
「勿論・・・!」
受け取ったモンスターボールを持ちは力強く頷いた。
「で・・・この子は誰?私も会ったことあるよね?」
「リオルだよ。何回かと合う内にのこと気に入ったみたい」
可愛いからねぇ・・・と言われ少しだけの表情が曇る。
それにしてもリオルとは。
確かに何回か合ってはいるがあまり会話をしたことはないし、自分の事を気に入っているような素振りはみせなかった気がするが・・・。
とりあえずモンスターボールから出してみたりして。
ぽん、とボールを開けると中からリオルが飛び出してくる。
「・・・交換、済んだのかよ」
交換というか押し付けというか。
どちらに言うともなく言うリオルにブリーダーは苦笑いする。
「済んだわよ。もうあんたの主人はあたしじゃなくてになってるわ」
「そーか。・・・よろしくな」
「う、うん・・・よろしく」
そっけなさすぎて心配になる。
本当にこれで懐いているのだろうか?
そんなの心配を余所に、リオルは勝手に歩き出した。
「ちょ、何処行くの?」
「草むら。早くしねぇと進化出来なくなるからな。行くぞ、」
振り向きもせず、一匹ですたすた歩いて行く。
「ま、待ってよ・・・!」
慌てて二人はその後を追った。
そして草むらを歩き回る事1時間強。
「あっ、進化するよ・・・!」
リオルが一瞬体を強張らせると、淡い光がリオルを包み込んで。
みるみるうちに背が伸び、体格も大人のそれになっていく。
そしてあっという間にリオルは。
「進化したら何て言うんだっけ」
「ん?ルカリオだよ、ルカリオ。でもルカリオって呼ぶんじゃなくてが名前付けてあげなよ」
「・・・名前・・・」
かなり逞しくなってしまったリオルを見遣り、は考える。
「じゃあ、。で・・・どうかな?」
「・・・いいんじゃねぇの」
やっぱりそっけない。
だけど進化を果たしたということは、やはり懐いてくれているのだろう。
「ありがとう、大事に育てるね」
改めてブリーダーを振り返り、が微笑む。
「ううん。あたしもリオルの進化が見れて良かったからさ。仲良くしたげて!」
「うん」
じゃあね、とブリーダーは帰っていった。
さて、草むらに残されたと。
後は父をどう説得するか、である。
「・・・、家にいるときはモンスターボールに入るか、人型じゃなくて獣型になってね」
「何で」
「・・・父が特殊だから・・・。しばらくすれば、判るよ」
「・・・」
視線を逸らし、歯切れ悪く言うには目をすっと細めた。
そしての顎を掴んで目を合わす。
「隠し事するなよ。それに俺は全部知ってるぜ」
「・・・えっ・・・」
どきりとの心臓が跳ねる。
「直接俺がに会うのは数回目だが、前の主人の目を盗んで俺は何度もお前に会いに行ってたんだ」
「・・・」
「がどんな目に遭ってるかも知ってる。お前が思ってるよりもずっと俺はお前を知ってるんだぜ」
だからこそ進化出来たんだからな。
しかしはそんなの言葉は耳に入っていなかった。
全て見られていたと言う事か?
あんな惨めで屈辱的な姿を。
青ざめて固まるを見下ろしながらは続けた。
「やっと進化できるまでになったからな。今日から俺がお前を守ってやるさ」
「・・・え?」
「言っとくが、俺がお前を俺の主人と認めてやったんだぜ。もうは俺の女だ。俺は自分の女をつまみ食いされて黙ってるような腰抜けじゃぁねぇからな」
「・・・」
どういう理屈だ。
「これから先が育てて良いポケモンは俺だけだし、を犯してもいいのも俺だけだ。俺の女に手ェ出す野郎は誰であろうと容赦しねー」
「おっ、犯してもって・・・」
恐ろしい事を言うにますますは血の気を引かせた。
しかしはにやりと意地悪そうな笑みを浮かべると、顎を掴んだまま顔を素早く近付けた。
あっと思った瞬間、唇は軽く触れ合って離れる。
「なっなっ・・・何するの・・・!」
思いのほか優しい感触だった事にドキドキしながらもは声を上げる。
ちょっとだけ染まった頬を両手で押さえながら。
「これくらいいーだろ。ずっとこれまで我慢してたんだからよ」
にやにや笑うを睨みつけて、はふいっと横を向いた。
悪びれないこの態度。
本当に格闘タイプなのだろうかと思いたくなるほどである。
(・・・ほんとはこいつ悪タイプなんじゃないの・・・!!)
だけどあんまり嫌な気分ではない自分をなんとなく複雑な気分で知った。
父に犯されているという事実は既に、ポケモンであるにキスされる事を何でも思わなくさせるほどにを蝕んでいたのである。
近親相姦よりも獣の方がマシだ。
実の父に体を弄られることの恐ろしさとおぞましさは何物にも代え難くて。
解放されるならが相手でも平気だとさえは思ったのであった。
日が暮れるの前のの家には誰もいない。
だけど今日は自身帰ってくるのが遅かったため、間もなく父親も帰ってくるのだろう。
母が蒸発して以来、家の仕事はがやっていた。
父と二人で食べる夕食、父と二人で入らされる風呂、父と二人で寝なければいけないベッド。
気が狂うのではないかと思う程の途方も無い時間をはおぞましい父と二人きりだった。
だからこそ、この家にが来たことは多少複雑ながらも非常に嬉しい。
「は何を食べるの?」
「・・・人間のモンは食わねぇぞ。食べれるのは野菜か果物くらいだな。木の実はねえのか」
「流石に木の実をまるまるは食べないからねぇ・・・」
調味料に多少使われているものもあるのだが、それ自身は無い。
冷蔵庫を覗くと本日デザートになる予定だったオレンジくらいしか果物が無かった。
「・・・オレンジしかない・・・。野菜は今日シチューにするからダメだし・・・」
小ぶりなオレンジ2つでの腹が満たされるだろうか?
「オレンジ二つで足りる?」
「足りるか、阿呆」
「・・・やっぱ足りないか・・・。仕方ないな・・・買いに行こうか」
言って、は時計を見る。
父が帰るにはもう少し時間もありそうだ。
「うん、行こう。初めてのご飯が足りないなんてなんか哀しいし」
「当たり前だ」
すっと立ち上がったは極自然にの手を握る。
「え」
「何だ?」
思わず声を発したににぃっと笑みを返しながらは言う。
確信犯かこの野郎!と思いつつ振り払うのも意識しすぎてる気がして出来ないし・・・。
「な、なんでもない」
「そーか。んじゃァ行くぜ」
大人しく手を繋がれたままはと共に玄関に向かった。
その時。
「っ!」
玄関を開けた瞬間、目の前には父親が立っていた。
「・・・?」
「お、お父さん・・・」
鉢合わせになった事に一瞬驚いた様子の父親だったが横に立つを見、そして繋がれた手を見て。
「お前っ、俺のに何をしてる!!」
間に入るようにとの手を振り解いた。
「誰の許可を得てに触ってるんだ!!俺のに寄るな!」
「・・・俺の・・・ね。おいオッサン、俺は他の誰でもない自身に許可貰ってンだけど?」
「黙れ!がそんな不埒な女の訳がないだろうっ!」
「止めて!お父さん・・・っ」
ともすればに殴りかかりそうな父親に必死ですがる。
その行動に父親はに向き直って苛ついた様子で怒鳴った。
「お前もお前だっ、今日は偶々早く終わったから良かったものの男と仲良くするなと言ってあっただろうっ!!このふしだら娘が!」
ひゅっと父親の手が空を切ったのが目に入った。
ぶたれる、とは反射的に目を瞑る。
・・・しかし。
何時まで経っても衝撃は来なかった。
そうっと目を開けると、父親の手首を掴んだの姿が。
「おいオッサン、俺の女に勝手に手ェあげんじゃねえよ。つーか汚ねェ手で触んな」
掴んだ手首をと反対の方向へ軽く引く。
いや、には軽く引いたように見えたのだけれど父の体は軽く後方へと吹っ飛んだ。
どすんと尻餅をつく形で道端に放り出される父。
「ぐっ・・・何をするっ!?」
「テメェの汚ねェ手で触られたらに埃がつくからな、ちょっと払っただけだろ」
なんともねぇか?何て言ってはを気遣うように見下ろす。
それには如何反応して良いか判らず、ただただ戸惑ったように瞳を泳がせるだけ。
「貴様・・・っ」
半ば無視されるような扱いに父親は更に逆上して立ち上がった。
「に触るなと言ってるだろうっっ」
今度こそ本当に殴りかかってきた父親。
それを横目に見たはすっと手を伸ばして片手で父親の首を押さえた。
「ぅぐ・・・っ」
ただそれだけで父の体は動かない。
は本当に軽く父親の動きを止めてしまった。
「テメェ・・・そろそろイイ加減にしねぇと容赦しねえぞ」
ぎろりと睨みつけながら低い声で言った。
「言っとくがなは俺が俺の主人と認めてやった女だ。守る為なら手段は選ばねぇぜ。足掻くなら傷つけた分波動弾食らわしてやるつもりだけどよ、如何したいんだ?あァ?」
が見上げるの目は本気の目つきだった。
そんな視線で睨まれた父親は。
暫らくはを睨んでいたけれど、やがて観念したかのようにその場にへたり込んだ。
それは、突然訪れた解放の瞬間だった。
その後、は程なく家を出る。
を深淵より救い出したと共に。
→after ALL
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虐待は自分、最低の行為だと思っているので書くか如何しようか非常に迷いました。
書いてもいいんだろうか、と。
でも書かねばルカリオが微妙な位置になってしまうので書くことにしたわけです。
タイトルはボードレールの詩より「深淵より叫びぬ」です。
アビィスという言葉は神の冒涜者とかそういう意味かと思っていたら・・・深淵だったとは。
なんでそう思ってたんだろう。。。不思議。
因みにボードレールはフランス人なので勝手に自分で英語にしちゃっただけなんですが(苦)
ところでうちのポケモンたちは人間の食べ物は食べない設定ですが(野菜とか果物は別として・・・)映画のルカリオはチョコレートを食べていましたね(萌)