その瞬間を知っているか。
「時間が無いというのに・・・」
本当ならば今すぐにでもルギアを捕まえてやりたいところではあるけれど。
恐らくここを発つのは今夜であろうと予想は出来る訳で。
夜を待つ事になった。
時間が余り無い今、多少なりとも時間が空いた事をは密かに喜ぶ。
「」
「何だ?」
一匹だけ外に出されていたはゆっくりとに近づいた。
その瞳に湛えられている熱い感情を見抜けぬままに、はそれを見返しているのみである。
「お前は、まだ子供だ。たかだか20年程生きただけの、世間知らずの小娘だ」
「・・・何?」
ぴくり、との眉が上がる。
しかし気にせずは続けた。
「その強い言葉も態度も、俺には虚勢にしか見えねぇ。何も知らねぇんだろう?お前」
「・・・何が言いたい」
更には声色に怒りを滲ませる。
しかし、潔くて強い外見を持った彼女の内面が見えるようだ。
実のところ人を知らない、世間も知らない。
「ただただ自分の実力を過信しているだけの小娘にしか、俺には見えねえよ」
「・・・お前・・・っ、言わせておけば・・・!!」
がっとに掴みかかった。
しかしそこは人間の女とポケモンの雄と。
どちらが強いかは比べるまでも無い。
逆にはの手を解き、動かせないように掴んでしまった。
「、お前知ってるか?愛情が憎しみに変わるその瞬間。その憎しみを一身に受ける瞬間の後悔。自責の念、苦悩・・・何も知らねえお前が覚悟決めたところで何になる?」
「・・・」
真剣に吐き出される台詞に、は怒りと共に混乱にも似た眩暈を感じた。
「あの二匹を引き裂くような事になったら、お前はあの女からこの世の果てまでも逃げられない程の憎しみを向けられることになるんだぜ」
「・・・だから、どうした・・・」
「お前にその憎しみを受け入れる程の度量なんかねえって言ってるんだよ」
突き放されるかの如く押し付けられた言葉。
理解するのにも時間が掛かるのに、耳の奥で何度もこだましてうるさい位で。
「何故決め付けられる・・・。それにお前にそんなことを言われる筋合いは無い・・・!私についてくることにしたのなら私に従え」
ようやく口をついた反論も、最早には虚勢の上塗りにしか聞こえない。
まだ判らないのかと、憐れにすら感じるほどだ。
「お前のその考えがガキだっつうんだ。言っとくがな、俺はさっきの二匹ほどお前を甘やかすつもりは無いぜ」
暗に「甘やかされている」と言われたは悔しそうに唇を噛んだ。
それはつまりあの二匹でさえ自分を子供扱いしていたということ。
対等以上の関係だと思っていたのは自分だけだったという事実を突きつけられ、は頬を染め視線を逸らした。
しかしはそれを許さない。
まだこれ以上恥をかかせるつもりかと、強く睨みつけてみるがそれは全く効果は無いようであった。
だが、視線を合わせたの目は思いのほか優しい。
先ほどまでのどこかを憐れっぽくみるようなものでは全く無かった。
「だけどなぁ・・・」
「・・・」
「俺はあいつら以上にお前を護ってやりてえんだ」
「・・・な、に・・・?」
視線の先でにこりとが笑う。
もしかしたら始めて見るかもしれないの笑顔には息を飲んだ。
「それでもお前が野望の為に傷つく茨の道を選ぶつもりなら・・・俺はお前を出来るだけその茨から護ってやりてえ」
掴まれた手を緩やかに解放し、がに腕を伸ばす。
温かい抱擁に訳が判らないという困惑の表情を返しながらもは言葉を発せないでいた。
「出来れば俺はお前にわざわざ傷だらけになる道を歩いて欲しいとは思わねえが、その上でお前が選んで行く道を全て肯定してやる」
「・・・」
「何が正しくて何が間違ってるなんて自分次第だからよ、そういうことじゃなくてお前が選ぶ全てをお前の為になるように助けてやりてえって思ってる」
の言葉一つ一つには鼓動を強くした。
きつい言葉を放っておいて、何だというのだ。
困惑するを抱きしめたままはそっと耳元で囁いた。
「俺の言ってる事、理解できるか?」
その声色にくすぐったさを感じつつは首を横に振る。
「・・・わ、判らない・・・。お前は、結局・・・私を止めたいのか・・・それとも背中を押しているのか、どっちだ・・・」
途切れ途切れに呟く。
それもそうだろう。
こんな感情をぶつけられたことが初めてなのだから。
ロケット団では勿論、フリーザーもサンダーもこんな風にに踏み込んできたものなどいやしなかったから。
「実のところは、止めたい。が・・・お前がどうしてもっていうなら俺はそれを全力で応援してやる。お前があのルギアと戦えって言うなら戦ってもやるさ。俺は何に於いてもお前の味方だからよ」
「っ・・・」
何だろう、この安堵感は。
熱いような滲むような、それでいて苦しいようなこの気分は。
「まだ、判らないか?」
「・・・う、な、何となく・・・判る」
「そうか。じゃあそれが俺の愛情だってのは判るか?」
「!」
弾かれたように顔を上げる。
ぱちんと視線が合って見る間に顔が赤くなる。
「な、ななな・・・っ」
「可愛いよ、お前。弱い子供の部分を必死に潔い強さで隠してよぅ。でも・・・まだまだ隠せ切れてねえ」
抱きしめる腕に強く力を込めながら、は軽く唇を舐めた。
それは舌なめずりしているようでは軽く恐怖を覚え、体を強張らせる。
「・・・は、離せ・・・」
「嫌だね。それよりちょっと気持ち良いことしねえか?もっと愛情って奴を教えてやるからよ」
「いいいいらん!!遠慮する!!」
はじたばたと暴れ出したの腕を掴んで押さえつける。
そして。
その隙にちゅ、と軽く唇を触れさせた。
「っ・・・ば、馬鹿!!!なななな何を・・・っ」
「ん?キス。気持ち良いだろ?」
「知るか!」
「判んねぇ?んじゃもう一回」
「ばばば馬鹿っ、ちょ、離、っンン・・・!」
顎をつかまれ無理矢理重ねられる。
それは味わった事も無いような感触で、足が震えるような感覚を覚える行為だった。
温かい柔らかさがの体に訳の判らない熱を呼び起こす。
だけど決してそれが不快だと言う訳ではなく、寧ろ少しうっとりするような、そんな不思議な感覚が。
「・・・っ、お前・・・っ」
それはものの10秒程の時間ではあったがには長いような短かったような。
顔を真っ赤にして睨まれると、もっと良からぬ欲が頭をもたげそうになる。
「気持ち良かっただろ?」
「っ・・・知らん!離せ・・・っ」
流石にこれ以上抱きしめているとぷつりとアレな糸が途切れそうであったので大人しくはを解放した。
途端後ずさってと距離をとる。
「何だよ警戒すんなよ。もう何もしねーからさ」
『何もしない』
そのの言葉にほっとしたような何だか残念なような気分になる。
(・・・な、何で残念などと・・・)
だけど多少の落胆気分を否めない。
するとそれを見通したかのようにが笑って。
「残念?」
等と聞いてくるものだから。
「そ、そんなことある訳ないだろう!!」
思わず全否定してしまったりして。
それにしまったと思いつつも何故そんな気分になるのかさえ判らない。
自分でも驚くほどの混乱状況だ。
今までこんなに踏み込んできた者はいなかったし、ましてや異性から愛を語られた事もない。
如何してよいか分からずただただ顔を赤らめるばかりの。
「・・・で」
「な、何だ・・・?」
まだ何かあるのかとちょっと身構えてしまうには真面目な表情に戻って口を開いた。
「かなり日も暮れたぜ?ルギアはどうするんだ」
「・・・あ・・・」
そういえばとごちゃごちゃやっていてすっかり忘れていたが既に夜。
考える暇も何も無かった。
「ま、俺はお前が如何しようと無条件で味方になるがな。結局どうする」
「・・・」
どうする。
手持ちは3匹。
対1匹ならば余裕で勝てるだろう。
そして捕まえることだって出来るはずだ。
あの女と引き裂いてまでも自分のものにだって、出来る・・・筈だ。
その覚悟だってあった。
勿論あった。
だけど・・・。
「・・・今夜は・・・止めておく」
「・・・良いのか?」
念を押すにはゆっくりと頷いた。
「こんな混乱した頭でまともに指令も出せないからな」
言ってふい、とに背を向けた。
「・・・行くぞ」
「何処へ?」
「宿を取らねば。流石に二日目の野宿は勘弁して欲しい」
それに、の翼を蒲団代わりになんかしたら今度は何をされるんだか判ったものではないし・・・と心の中で呟いて歩き出す。
も数歩離れてそれに習った。
二人が歩き出して間もなく、背中を向けた方向からガラスが割れるような音が響き何やら騒ぎが起こった様ではあったがが振り向くことは無かった。
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ピジョットと落ち着いたつもりですが・・・どうなんだろう。
ちょっと精神面が弱いヒロインになりました。
実はこれ、一番最初の時からこういう展開にしたいと考えていたので敢えてこんな喋り方にしてたんですが・・・。
ここまで書かなかったらただのタカビーな女になるところでした。