「なーー。これ、これ買おうぜ」
そう言ってにこやかに差し出された一着の・・・水着。
ひと夏の経験
「何馬鹿なこと言ってんの、それ女物だよ?・・・まあが着たいって言うなら止めないけど」
「いや、そこは止めろよ。つーか俺じゃなくて、お前が着るんだよ」
「もっと嫌だよ。なんでそんな紐みたいなモンに1万も2万も出さなきゃいけないの」
体を覆う面積が極端に少ないくせに下手な服より高いそれには全く良い顔をしない。
「コレ着て海行こうぜ、海」
「着なくても海にくらい行けるよ。今からクウトに頼んで行く?」
クウトとは空を飛ぶ要員のスバメである。
「おま、ちょっ、マジ分かってねーなー・・・。そう言うんじゃなくてだなー!」
「はいはい、馬鹿なこと言ってないで行くよ」
「待て待て待て」
余程その水着を気に入ったらしいは必死で食い下がる。
いや、そこまで海に行きたいのだろうか。
とりあえずには今一つ理解が出来ない。
それに金を出すのは自分だ。
「そんなに着たいの?」
「違ぇっつの!!お前が着たトコを見たいんだよ」
な、買おうぜ?
の肩に手を回しご機嫌を取るかのようにが言う。
しかし。
「そんな余裕うちにはありません」
手持ちがフルの状態の今、食費だけで幾ら掛かると思っているのだ。
1匹養うのと6匹養うのとでは、いくら切り詰めたとしても3倍以上の金がかかると言うのに。
「んじゃ俺以外の誰か4匹ほど外そうぜ」
「そこまでしてこの水着着たいの?」
「着るのは俺じゃねぇっつの!!!しつこいぞお前!」
「よりはマシだよ」
全く、どうしてこんな子に育ってしまったのか。
自身はこんな躾をした覚えはなかったのだけれども。
「なー海!海行こうぜ!!じゃねぇとここで波乗り使うぞ」
「どういう脅し!?馬鹿なこと言ってると今晩ご飯抜くよ」
「お前こそどういう脅しだよ。晩飯抜かれるのが怖くて引き下がると思ったら大間違いだぞ」
「あ、そう」
それなら・・・とはバッグの中からモンスターボールを取り出した。
はぎくりと肩を震わせる。
何を隠そう、そのモンスターボールはのものなのだから。
「じゃあしばらくボールに入れとくからね。2週間もすれば海もメノクラゲだらけになって泳げなくなるだろうから」
「ちょ、待てよ、待てって。そんなことしたら毎晩一人で寝る羽目になるぞ?寂しいぞ?寧ろ俺が寂しいだろ?」
「お前かよ!!の事情なんて知ったこっちゃないわよ。2週間一人寝が嫌ならもう行くよ」
がしっとの腕を掴んでずるずる・・・と引きずろうとしたがはびくともしない。
流石にポケモン、しかも雄とあっては力勝負は分が悪いのだ。
「!」
「いいじゃんよー、水着くらい。じゃあ海行かなくても良いからコレ着て見せてくれよ」
「・・・あのねぇ、買いもしないのに試着なんか出来るわけ無いでしょ。はい、もう水着のことは終わり終わり。帰るよ」
「・・・」
ぶすっと拗ねたような表情を浮かべる。
嗚呼もう。
と、は溜め息を吐いた。
「・・・分かったわよ」
「お、分かってくれたか!?」
「あんたボールに入ってなさい」
が気を変えたと思ったのも束の間、目の前でぱこっとボールが開いてはその中に吸い込まれてしまう。
漸くコンパクトになったを鞄に放り込んで、はようやく水着売り場を後にしたのだった。
それから、2時間くらいして。
既に買い物も済ませ(水着の件さえなければあと30分は早く済んだだろう)ホテルに帰り着いていたの鞄からころりとボールが転がり落ちると。
それがぱかりと開いて、中から先ほど閉じ込めたが出てきた。
「オイィィ!!何ボール閉じ込めてくれてんだ!!ロックまでかけやがって、寂しくて死ぬかと思ったぞ!!俺は兎のハートなんだからな!!!」
「だってしつこいんだもん」
あのまま買い物が終わらなかったらどうしてくれる。
別段用事が立て込んでいるわけではなかったけれど(だからこそ海にも行こうと思えば行けたのだけれど)不毛な押し問答など論外だ。
「畜生・・・の水着姿見たかった・・・」
心底悔しそうに呟く。
その声は非常に真剣そのもので、全くくだらない事柄ながらもなんとなく可哀想な気分にさせられてしまう。
「あんたほぼ毎日あたしの体見てる癖に水着なんか良いじゃない」
「もォォォォォ!マジお前分かってねーよ。分かってなさ過ぎる、それとこれとは全然違うんだぞ!」
「あっそう」
何が如何違うんだかさっぱりだが、には何やらあるのだろう。
馬鹿馬鹿しいので別段その「何やら」を追及する気は無いのだけれど。
「まあ、海は来年にしなさい。代わりにこれあげるから」
ぽいっとはに向かって何かを投げて寄越した。
「・・・ポロックかよ」
「夏限定のね。あんたにだけ買ってあげたんだから」
「ちっ、俺はこんなんじゃごまかされないぜ」
そう言いながらもは容器を開けようと躍起になっている。
全く素直じゃない。
ぱちんと小さな音を立てて漸く開いた容器からざらりと赤いポロックがの掌に出てきた。
の目にもちょっと美味しそうに見えるそれは、実はかなり辛い。
しかしは気にせず口に放り込んではがりがりと齧っている。
「美味しい?」
「おう、美味い」
機嫌良さげに食べているその姿に思わず笑いが漏れる。
しっかり釣られているじゃないか。
するとその笑いを見たの手がぴたりと止まる。
「・・・誤魔化されてねえからな」
「はいはい。っていうかそんなに着たかったの?」
「お前はそんなに俺にあの水着を着せたいのかよ。言っとくけどな俺のバズーカはあんなんじゃ収まりきらないぞ。それでも良いのかよ」
「良いとか悪いとかの問題じゃないと思うわ。この猥褻物陳列罪が」
「お前が着ろって言ったんだろーがァァァ!!!何でそこまで言われてンの!?俺!?」
話がズレてきた。
は着たいのではなくて、着せたい。
「つーか、なんかもう不毛だな。いーや、もう。さっき来年っつったし、来年着てくれンだろ?」
「あんたが覚えてたら着てあげても良いかもしれなくもない」
「どっちだよ!?結局良いのか悪いのか判んねぇじゃん!」
「悪い」
「しかも悪いのかよ!?なんでそこまで嫌がンだよ」
「いや、ぶっちゃけ水着を着るのが嫌なんじゃなくて新しい水着を買うのが嫌なだけなんだけどね」
「はァァァァ!?」
「お金無いからさ」
飄々と言い放つにはがくりと脱力する。
不毛な言い合いは変なところで決着を見たようだ。
「だってあたしさっきから一言も『水着が着たくない』なんて言ってないでしょ。お金さえあれば水着でも何でも買ってサマーライフエンジョイするわよ」
「・・・んじゃ、俺が頑張って金稼げば来年海行ってくれるのか?」
「お金があればいーよ」
二つ返事での了承には声を上げた。
「よし、来年楽しみにしてろよ!絶対海行くからなっ」
「はいはい。期待して待ってる」
「・・・じゃあそれまでは」
「え?それまでは?」
って、来年までの一年間のことであろうか。
「風呂で我慢する」
「は?」
「今日から来年までの約一年風呂入るときはずっと俺と一緒な。それで俺めちゃくちゃ頑張れるから」
「・・・却下」
「却下を却下。これだけは譲らねー」
「勝手に決めないで!」
慌てて言うがは既にその気のようだ。
は、選択を迫られる。
を無理矢理パソコンに預けてしまい来年まで放置する代わりに、メインではない子達とかつかつの旅を続けるか。
の条件を飲み来年までしっかりと稼いでもらう代わりに、毎日一緒に風呂に入るか。
さてさて究極の選択。
勿論が選ぶのは。
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明るいネタで行こうと思いちょっと銀魂風に書いてみたりして(死)おまっ、どんだけ銀魂はまってたんだコノヤロー!
書き始めたの8月の末だったのにもう10月近いんですけど・・・(殴)
ていうかもう水着なんか売ってませんけど。
これ逃すと来年までかけなくなりそうだったので・・・。