「音」で伝える金光教   教会長

 今年も6月11日、教団独立記念祭の前夜の行事として、「金光ミュージックフェスタ」が開催された。今年で5年目となるこのイベントは、この道に関係の深い高校・中学校の吹奏楽部と、2教会のブラスバンド部によるコンサートで、年々大きなイベントになりつつある。

 私は例年通り、金光藤蔭・金光八尾の引率として生徒たちと一緒に参加させて頂いた。演奏が素晴しいのはいうまでもないが、私はこのイベントだけは、金光教本部で行われるあらゆるイベントとはまったく違う感動を覚えるのである。

 それは、教会のブラスバンド以外で出演する4校の高校生たち約400名のうちのほとんどが、学校入学を通して初めて金光教に触れた、いわゆる未信奉者で構成されているということ。そして、今年は聴衆が4000名(金光新聞発表)あったが、その半数以上は、地元CATVの宣伝やポスターなどでイベントを知った、近隣の市町民であり、彼らもまた未信奉者である。

 大半の未信奉者の中学・高校生で構成される、出演者全員(461名)による「神人の栄光」の合奏を、会場を埋め尽くした半数以上の未信奉者が、本部広前祭場で聴き入るシチュエーションに、自然に熱いものがこみあげてくるのである。一年間のうちに、未信奉者がこれだけたくさん祭場に入るイベントは他にない。

 音楽が人の心を豊かにし、安らかにしてくれるものであることは言うまでもない。古来、音楽と宗教は、所の和洋を問わず切っても切れない間柄で、賛美歌であれ雅楽であれ、儀式の中で荘厳さを表したり、あるいはなごみを与えてくれたりする。金光教でも祭典時には楽(吉備楽)やコーラスにより、花が添えられる。ミュージックフェスタは儀式の中での演奏とは違うが、聴衆はただ演奏が素晴しいとか、上手だという感想だけにとどまらない、「何か」を感じておられたと私は確信する。

 宗教がなにかもわからない、これからの時代を担う若い人たちの演奏だからこそ、なんの細工も仕掛けもない、純粋に伝えることの出来るエネルギーが生まれる。教祖様の時代も、飾りのない言葉で天地の道理を純粋に伝えていかれたからこそ、この道が広まっていったと思う。その教えをもとにできた学校の生徒たちが、音で「金光教」を広めてくれる大きなはたらきを、これから何年も続けていってほしいと願っている。

                      バックナンバーへ