実意丁寧  副教会長

 12月に室生寺、長谷寺、安倍文殊院に参拝した。本当にご無礼ではあるが、自分にとって参拝というより見学といった思いだった。
大好きな仏像が見れるという浮足立ったそんな気持ちが大部分。あとは日頃の運動不足を少しでも解消したいという気持ちが少し。
そしてもうひとつの楽しみは御朱印をいただくこと。これも大層な思いではなくて、あるお寺で色が綺麗で一目ぼれして買った朱印帳が
いっぱいになるのが楽しみだという、ある意味スタンプをためている感覚だったかもしれない。

最初のお寺では土足で入れる休憩所の床を雑巾で水拭きしていたお坊さんに御朱印をいただいた。掃除の手を止めて書いて下さった
のだが、一画一画時間をかけて実意丁寧に書いてくれた。その様子を見ると本当に祈られている思いがしてありがたいなと思った。
次に参拝したお寺では御朱印をいただくのに何人もの人が並んでいて、本当に次々となめらかに書かれていた。「すごい達筆、早い」
というのが私の印象だった。

 正直この違いに驚いた。最初のお寺の方がありがたいなとご無礼なことも思ったりした。でも何日かたって朱印帳を見返していて、そう
思ってしまったことに反省をした。二件目に書いて下さった方がここまで達筆に早く書くようになるためには、たくさんの稽古を積んでいる
ということに気づかされたからだ。その過程が実意丁寧そのものだと思った。

 四代金光様は「実意をこめてすべてを大切に」とみ教え下さっている。私たちもそれに近づこうと日々稽古をさせていただいている。それ
ぞれがそれぞれの中で実意丁寧を心がけているのだから、それぞれ違っていて当然であって、一方的な見方だけではなくて色んな方向
から見ることができる自分でありたい。
一件目のお坊さんも、二件目の方も形こそ違っても一筆一筆に実意丁寧を現わして下さっていた。それに気づかせていただいて本当に
ありがたいことだと思った。

 一目ぼれした朱印帳がとても大切なことを教えてくれた。買ってから半年ほどかけてお気に入りの綺麗なスタンプ帳から、大切な帳面に
変わった。これからも実意丁寧でいっぱいにしたい。


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