東日本大震災1年を迎えて 教会長   

  1月17日。17年前のこの日に阪神淡路大震災が発生しました。。この日の衝撃は今も脳裏から離れません。今年のこの日、毎年同じ日に開催されているあるイベントに行ってきました。それは「平松愛理KOBE MEETING」。

 彼女の故郷・神戸を襲い、実家が全壊した阪神・淡路大震災の記憶を風化させまいとの主旨で、1997年以降、毎年1月17日に神戸市内で平松自らが行っているチャリティーライブです。その間、彼女自身、初めての妊娠の時に重度の子宮内膜症が発覚。出産時母子ともの危機を乗り越えたもののその後子宮摘出。さらに乳がんの切除と病魔に襲われます。
その中、音楽活動休止を余儀なくされましたが、その間も震災復興、特に震災孤児支援にに拘り続ける彼女は、KOBE MEETINGだけは公の場に姿を見せライブを敢行。現在まで16回にわたり続けられています。
この収益は、神戸市灘区にある「あしなが育英会・レインボーハウス」に寄付されますが、今年は前年の東日本大震災発生を受け、得られた収益は、これまでの神戸レインボーハウスへの寄付に加え、同ハウスを通じて東北レインボーハウスの設立基金へも寄付することになりました。

 私が平松愛理さんのファンになって20年。意外にも、今回がライブ初参加でした。ものすごく温かい、なんとも言えない優しさ溢れる演出に心から感動。「美し都〜がんばろやWe love KOBE〜」(1996年に発売された、平松さんをメインに、神戸ゆかりのミュージシャンが参加してできたチャリティーソング。JR西日本のCMソングとしても流れました)では感極まり、ずっと鼻すすり、ハンカチ片手に握りしめながら聞き、歌いました。帰りの出口で平松さんと握手。「お身体大切に。頑張ってください」とお声をかけると、頭を下げて「ありがとうございます」と微笑み返して下さいました。
 ライブの中で彼女は「私にできることは歌うことと、大好きな花を贈ること。東北の被災地を花いっぱいにして、みなさんを元気にしたい。」とおっしゃっていました。
平松さんのように、東北のために私ができそうなこと、取り組んで行けることを考え、実行して行きたいと決意を新たにした一日でした。

 2度の大病を克服され、昔と変わらない輝きでステージ狭しと歌いきった平松さん。これからますます活躍してほしいです。そして、たくさんの人に勇気と希望を与え続ける歌を歌い、被災地に花を贈り続けてほしいと願っています。
 
                        

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