福男選び雑感

 

 1月10日、兵庫県西宮市にある、西宮神社で恒例の「福男選び」が開催された。正門から約200メートルの参道を「かけっこ」して、一番に本殿にたどりついた男が今年一番の「福男」になれるというもので、近年では毎年マスコミに取り上げられることが多くなっているのか、参加者も年々増加しているように見える。

 今年は大阪市の消防士が、仲間とともに走り、一番の「福男」に選ばれたのだが、その後の報道である通り、仲間11名が一致団結して、他の参加者のスタートを妨害したという。大阪市の消防局や西宮神社へは抗議の電話や問い合わせが殺到し、結局彼は「福男」を返上したそうである。その際の神社へ抗議した際の、当の神社のコメントが「『福男』は神様が選びはりまっさかいになあ」と、いかにも柔らかい反応であったらしい。

 確かにこの「かけっこ」にはルールはない。また、スタート地点の門は観音開きになっているから、扉の真ん中先頭を陣取った人が、絶対有利になる。彼は別に、仲間の妨害を通じてでなくても、つまり彼個人の総力で十分「福男」になりえたのではないかと思える。

 運動会のように、「位置について、よういドン」で走るなら、ルールも存在するし彼らのしたことは許されることではないだろう。しかし、ルールがない上、スタートラインもまちまちの200メートル走で、「福男」を選ぶのが神様だとすれば、私はこの消防士が「福男」で何ら問題がないと思う。むしろ、それだけの仲間が彼を支えるということは、よほど彼が職場仲間で、人気があるのが、人望の厚い人なのかも知れない。抗議をしている人たちや、「福男」を返上した彼を見て神様は、どこか天遠くで、「人間たちは小さいことでもめるのお」なんてほほえみながらつぶやいてるのかも知れない。

 しかし、来年は神社側も「大きなけがをする人がないように、スタートラインは対策を練る」そうである。これも神さまが「こんなイベントをするなら、神官諸君も少し考えてやれよお」なんておっしゃった声が神官たちに聞こえたかも。

 でもこのニュースで私はこう感じた。「なんて日本は平和な国なんや。大のおとなのかけっこで、これだけマスコミや町で論争ができて、ニュースになるんやから」