入院までの記録

2004.5.17(月)(曇り)

2〜3週間ぐらい前から、声が変な感じ(嗄声:サセイ)だった。
最初は風邪か喘息かと思っていたが息をするたびにヒーヒーと鳴るのが聞こえる。
「この前もレントゲンを撮ったけど、大丈夫だと○○医師(被告)がいっていた」、「軽い喘息だといわれている」というギノちゃんに姉と私が付添い、岡波総合病院へ連れて行き、紹介状なしで外来受診する。
胸部単レントゲン写真から、初診で肺癌と診断され、時間外の割り込みCT検査で「右肺門部原発肺癌、左反回神経麻痺、肺門縦隔リンパ節転移」極度の気管狭窄でいつ、窒息死するか分からない状態と診断される。
山田Drから詳しく説明をいただくなかでかなり深刻な様子がうかがえた。

父は1かかりつけの被告医院で12年間欠かすことなく、2週間に1度通院し、定期的に胸部レントゲンを撮っていたが、その度に「異常はない」といわれ続けてきた。
また、癌の進行度を測るために参考資料が必要なので被告が保有する全てのレントゲン写真を借りてくるように、岡波総合病院の山田医師から被告宛へのレントゲン貸出依頼状(診療情報提供書)を持参し、被告へ事情を説明したが不快感を表しながら平成14,15,16年分だけを渡された。なぜ情報提供を拒むのだろう。

2004.5.18(火)(曇り)

岡波総合病院、内科へ検査のため痰を提出。

2004.5.19(水)(雨)

岡波総合病院、内科へ検査のため痰を提出。

耳鼻咽喉科受診。鼻からチューブを入れて内視鏡検査で湯田先生の顔色が一瞬変わったのが読み取れたが「何もありませんよー」とその日はいわれ、検査結果については同病院の山田先生から聞くようにといいながら、その先生の顔は妙に引きつっていた。

2004.5.24(月)(晴れ)

採血検査、喉のエコー検査を終え総合診断結果は原発性肺癌、右肺門縦隔リンパ節転移、気管狭窄左反回神経麻痺、分厚い医学書が作れるほどの、1週間前より絶望的な診断結果だった。
一応、28日に行なわれる気管支鏡検査のため、27日から一旦入院の予約をして帰る。

被告医院から、しぶしぶ貸し出されたレントゲン写真には、何年も前から肺癌の陰影があったのが悔やまれる。平成14年8月12日のレントゲン写真を見つめながら山田先生は、「せめてこのときなら、何とかなったのに。。」と、伝えられた。
少しでも疑問を感じたら、医者に遠慮をしないでセカンドオピニオンを積極的に受けることだと思うが残念ながら前医の紹介状がなければならない。
父は、被告医院へ紹介状から受診していたこともあり、検査で「異常ない」と診断されていることから、医者を勝手に変えるのには抵抗があったのが災いしてしまったが、探せばいいお医者様に出会えることを、このHPで知って欲しい。

岡波総合病院も入院設備はあり伊賀地域では大きな病院で設備も整っているが、相当進行した癌で転移も多く既に治療の出来ない状態になっていた。今後の治療に関しては、フォローできないので、他院への紹介状を書くと伝えられていた。CT検査からは、間もなく呼吸確保のため気管切開し放射線治療の措置がとられるであろうと説明された。

担当に当たっていた看護師さんは廊下で、「山田先生はもう少し早く受診されていたらという思いで、それを一番残念がられています」と、話された。

買い物のため青山にあるスーパーのJAコープへ寄った。父はまだ、ただの喘息だと思いながら、自分の病状を何も知らない。紅潮した顔でタイヤキを2個買った。

17日には14、15、16年のレントゲン写真しか貸し出されてなかったので、山田医師から被告が保存する全てのレントゲン写真が今後の治療において必要なので借りてくるよう伝えられていたので、貸し出しを求めて被告を訪れたが貸し出しを拒否された。
「倉庫に入れていて、そんなモンすぐに出せない」と、怒ってドアを面前でバーンと凄い音を立てて閉めたのが印象的だった。
直後、被告は山田医師への電話で病状の緊急性を知った。

友人の和田良子さんが長期に亙り数十年に渡り坂井Drに掛かっていることもあり相談した。検査だけの入院なら意味がないので、今後の治療方針決定付けるには呼吸専門科を持ち、三重県で胸部においては治療症例数の最も多い、坂井Drのおられる三重中央医療センターのほうがいいというアドバイスから父及び家族の意見は一致した。

 2004.5.25(火)(うす曇り)

朝一番で、岡波総合病院の山田先生に、昨夜、和多さんと相談した内容を伝えると、それはベストだと、人間ドッグ担当日でお忙しいにも拘らず、とにかくこのままでは危険だと、その日のうちに、検査情報の全てを用意してくれた。
そして、三重中央医療センター呼吸器外科部長 坂井Dr外来担当日の5月28日(金)を待つことになる。(診断が、どうか間違いであってほしい)

何かに付け、患者のことを一番に思い素早く対応してくれた、岡波総合病院の山田雄三先生(62歳)には大変感謝いたしております。