放射線治療計画

2004.6.21(月)(晴れ)

治療する位置を決めるために、シュミレーターと呼ばれるX線透視装置やCTを使って照射部位を決め、喉から胸にマジックで十字の印(マーキング)を付けた。治療の場所に係わらず全身の副作用として放射線酔いが5〜6回目くらいから現れることがあるらしい。
白血球が入院時には12000だったのが、今日の検査結果では16000になっていたので夕食後点滴を実施する。
治療は、明後日の水曜日から35回の予定(基本的に1週間に5日間)。

2004.6.22(火)(晴れ)

明日から放射線治療なので、看護学生さんが付き添いで午後から病院の地下にある床屋さんへ行く。昼から仕事なので後ろ髪を惹かれる思いで、父を残して病院を後にする。

2004.6.23(水)(曇り)第1回放射線治療リニアック

1回目の放射線治療なのにダウン状態。照射時間は1分くらいだが、裸で位置を決めるのに10分くらいかかり、痰が多く、呼吸もかなり苦しそうだ。放射線照射の場所は胸部と頚部の2箇所。
お粥が喉を越さなくなってきている。腫瘍が食道まで圧迫してきているのだろうか。

2004.6.24(木)(晴れ後曇り)

2回目の放射線治療は位置が決まっていたから、昨日より時間も短く楽な様子だった。放射線室に入ったが照射時には部屋から出され、特別にモニター室で様子を見せてもらった。
食事は通りにくく水も飲めない状態なので、胃に直接、管を通さずに済めばいいのだが、Drの話によると5〜6回目に腫瘍が一時膨張(浮腫)を起こすとのムンテラあり。

2004.6.27(日)(晴れ後曇り)

日曜日なので、放射線治療は休みで抗生剤(ブロアクト)を朝夕2回の小さな点滴だけ。海苔の佃煮が欲しいという。
欲しいものは何でも手に入れてくるからね。いよいよ、明日から本当の闘いが始まる。

2004.6.28(月)6月28日の昼食

朝いつもの部屋へ行くと、ベッドに誰も居なくてシーツがきっちりたたまれていたので、ドキっとした。
今日から部屋が変わって2人部屋になっていた。
4度目の放射線治療終了。

直径7mmの気管チューブ2004.6.29(火)(曇り後晴れ)

朝から、気をつけてシャワーを手伝う。その後熱が37度から37.8度になり、喉も痰がひどくなった。2時30分に5回目の放射線治療を何とか終了。
5時30分に気管切開後、初めての気管チューブの交換だった。苦しかったのか父の目に涙が滲んでいた。

2004.6.30(水)(曇り)

毎水曜日は放射線治療科の診察日のため、朝から照射だったので6回目の放射線治療が終わっていた。
回数的にも腫瘍の浮腫期に入っているらしく、喉の痛みが強いようだ。熱は37度に下がっていたので詰所を一周する。

2004.7.1(木)(晴れ)

相変わらず喉や頸が痛くて、特に水が喉に痞えたら息苦しくなる。7回目の放射線治療は終了したが辛そうだ。悩んだ末、ホスピスより治療を選択したのだから、軌跡が起こり治療効果が出ることを祈り続けるしかない。

2004.7.2(金)(晴れ)7月2日、妻にしたためる

熱37.6度、放射線治療8回目終了。
水が喉を通らない、刻み食から「ミキサー食にしてもだめだと思う」とメモに書く。

2004.7.3(土)(晴れ)

食事も水も喉を通らない。熱37.4度。血痰が多く、薬がカプセルと錠剤なので飲むのが苦しい。

2004.7.5(月(晴れ)

ギノちゃんの筆談「水を腹いっぱい飲みたい」「氷枕の氷を舐めたら旨いだろうな」。9回目の放射線治療終了。Drにお願いして血液検査データを出力してもらう。

2004.7.6(火)(晴れ)

朝夕の点滴がなくなっていた。10回目の放射線治療終了。

2004.7.7(水)(曇り)七夕

病気が快方に向かいますように、短冊に願いを込めて。11回目の放射線治療終了。熱36.8、朝から嘔吐(放射線の副作用だろうか)。食道がかなり通りにくい状態なので、自分で工夫して薬をお粥のスープで溶かして苦労の末のむ。

2004.7.8(木)(晴れ)

熱37.1度。名張まんじゅうを1個食べる。12回目の放射線治療終了。

2004.7.9(金)(曇り後一時雨)

熱37.6度。同じ病棟の患者さんが、自殺未遂事件。気持ちは分かるがギノちゃんだって頑張ってるのにっていいたい。
13回目の放射線治療終了。ギノちゃんを乗せて、○看護師さんが車椅子スピード違反で猛ダッシュ!。

2004.7.10(土)(曇り後晴れ)

治療はお休み。昨日と、うって変わって病棟は静かだ。痩せてきている、身長157cm体重40k、小さくなった。
熱36.9、酸素量1.5L。廊下で、○邊先生がギノちゃんとのツーショット写真を撮ってくれるが、心配したとおり、逆光なので、ちょっと残念。

2004.7.11(日)(晴れ)

今日は参院選だ、父は病院で前日投票を済ませてあった。誰に投票したのか聞かなくても分かった(多分j.kawasaki)が、こういう刺激になることはありがたい。熱37度、食欲なし。
姉がギノちゃんの妻をつれてきた。

2004.7.12(月)(晴れ)

放射線治療を始めてから、2度目の照射位置角度を替えて照射するためのシュミレータと放射線治療14度目を終了。3度目の気管チューブ交換だった。

2004.7.13(火)(晴れ)

放射線治療15回目。お粥に味がないので、ゆっくりと自分で砂糖を入れて、味付けを工夫しているのを見ていると、なるほどと、感心する。水分の摂取が足らないので点滴を開始。

2004.7.14(水)(晴れ)

喉の痛みを座薬で押さえている。放射線治療、16回目を終了。

2004.7.16(金)(晴れ)

7月16日左がギノちゃんの弟岡山県から、ギノちゃんの弟(86歳)がお見舞いに遠いところを来てくれた。思わずギノちゃんも私も感動して涙が出てしまった。
おじさん、本当に遠いところをありがとうございました。
おじ様たちに見守られるなかで、折り返し点の18回目の放射線治療が終了しました。

病気を直して、今度は必ず私が連れて行きますので美味しいお刺身を食べさせてくださいね。
シン君、本当にありがとうございました。


2004.7.17(土)(晴れ)7月17日昼食(ミキサー食と7分粥)

熱36.5度、いい調子だ、治療は点滴のみ。夜眠れないというので睡眠剤を飲んで寝る。

2004.7.18(日)(晴れ)睡眠剤

昨夜睡眠剤を飲んだ後、気管へ挿入している命綱の管を自分で抜き取り、裸になり大暴れのすえ、手足をきつく縛られた。幸い外科のDrが居てくれて助かった。昼過ぎに眠りから覚めた後、暴れた記憶がなくて、しばられた恐怖心だけが残っていた。しかし管を自然に抜くというのは、喉に違和感もあるだろうし、人間の自然の行為だと思う。本当は苦痛から逃れたいのだろう。父は無理やりに生かされているのかもしれない。

体力が弱っているからかもしれないが、そういう症例はあるとW邊drから説明を聞く。クスリも合わなければ怖いものだ。

2004.7.19(月)(晴れ)

祭日なので放射線治療は、お休み。食事が進んできたように思う、腫瘍の収縮期に入ったのかもしれない。希望が見えてきた。明日は、照射時に顔が動かないようにするための顔に合わせたマスクを作る予定だ。

2004.7.20(火)(晴れ)91歳誕生日

今日もがんばるギノちゃん病院で誕生日を迎えるなんて予測も付かなかった。
網目のマスクを作るのに時間がかかり、かなり苦しかった(ギノちゃんはM技師さんから、よく頑張ったと褒められた)。早速、それを使用して放射線治療19回目を終了。続いてCT、胸部レントゲン、500mlの点滴と今日はフルコースだった。白血球が入院時の16000から6000になっていた。父は筆談で「私がいたので頑張れた」と書いてくれた(涙)。このメモは一生の宝物だよ。

2004.7.21(水)(晴れ一時雨)

CT画像の結果、肺に放射線による副作用で、炎症を起こしているので胸部に放射線治療を続けるのは無理との診断を聞かされ、病室で沈んでいた。
渡邉Drが、オペ後、病室へ来て血液検査が良好なので胸部の放射線治療だけ休んで、頚部のみ放射線治療を続けながら肺臓炎を直そうと詳しく説明してくれて一安心だった。

2004.7.22(木)(晴れ)

頚部放射線治療20回目を終了。

2004.7.23(金)(晴れ)

来週は、放射線科の受診があるので計画を立て直すらしい。私が食べようと思い持参した、サツマイモで外をカリカリにし、甘く煮たものを食べる。
時に、Pt(癌末期患者)は思いもかけないものを食べることがある、これは無理だろうと最初から決め付けないほうが良い。
21回目の放射線治療終了。

2004.7.26(月)(晴れ)

ヘモグロビン数値が低いので鉄分の点滴が増える。22回目の放射線治療終了。

2004.7.27(火)(晴れ)

お粥全部と冷やしぜんざいを全て食べた。次は赤福もちを食べたいという。体重が40kから41kに増えていた\(^o^)/。
23回目の放射線治療終了。

2004.7.28(水)(晴れ)

朝から放射線治療科の診察、その後24回目の放射線治療が終了。
便も大きいのが出てスッキリした様子だ。
食欲もあり、喉の通りがよくなったような気がする。胸部の放射線治療は肺の炎症のため中止している。気管の腫瘍だけでも治療効果が出てくれたらありがたい。

2004.7.29(木)(曇り)

熱が38度あり痰も多く調子が悪い、一喜一憂の毎日が続く。25回目の放射線治療終了。

2004.7.30(金)(曇り後雨、台風10号接近)

赤福もちを手に入れて持っていったが、甘すぎて喉に引っかかると文句を書く。いくら苦労して、手に入れて持っていっても、1口だけでも食べてくれたら、それで私は充分満足だ。
隣の患者の奥さんから「とうふまんじゅう」をいただいた、結構いけると2人で食べた。26回目の放射線治療終了、その後CT検査を実施する。

2004.7.31(土)(台風、大雨)

台風で、風と大雨で大変だったが、介護に格好なんてかまっていられない。
○邉Drより、CTの結果をパソコンのモニターを一緒に確認しながら病状の説明があった。頚部の腫瘍は小さくなっているので、引き続き放射線治療を照射する。肺に関しては放射線による肺臓炎を起こしているので頚部のみ治療を行いながら、肺臓炎の回復を待って、胸部の癌は今後放射線照射野を絞り込んで治療を進めていく予定。
治療の途中経過としてはプラスである。肺の腫瘍も以前より大きくなっていないので、治療判断は良い結果といえる。本当に辛い副作用に耐えながらよく頑張っている。ありがとう。

2004.8.2(月)(曇り)

ギノちゃんの息子夫婦と3人の孫が来る。中学生の孫が、雰囲気にショックのあまり目まいを起こす。

27回目の放射線治療終了(技師さんからはよく頑張っていると褒められる)。


2004.8.3(火)(晴れ後曇り)

下痢が続く、熱は36度台だが相変わらず痰が多い。喉の管を入れてある周りが放射線治療で、ただれて黒ずみもひどくなっている。

2004.8.4(水)(曇り後雨)

朝は29回目の放射線治療後、放射線科の○井Dr(ロングスカートのよく似合う女医さん)の診断で明日から胸部放射線治療も再開する予定に入る。

2004.8.5(木)(雨後晴れ)

頚部30回目の放射線治療終了。今日から胸部の癌を小さくするために、また胸部放射線照射を再開。

2004.8.6(金)(晴れ時々曇り)

31回目の放射線治療終了、治療カード(治療の度に判子を押してもらう)が新しくなっていた。胸部の放射線治療が中止になっていた分が新しく追加になっている。
私が帰らなくてはならないので、おしっこをしておいたほうがいいからと無理に勧め、尿瓶をあてたあと尿道から出血が止まらなくなった。
看護師さんを呼び、慌てて○田Drと泌尿器科からDrがベッドまで来てくれた。触診検査で、前立腺ではない。月曜日まで様子を見て異変が続くようなら内視鏡カメラで検査をするとのこと。
まさか癌の転移ではないだろうか。
看護師さんや先生のお話によると、原発性肺癌から下方向へ転移した確立は少ないと聞いて少し安心した。

2004.8.7(土)(晴れ後夕立)

昨夜、泌尿科のDrが再度診察に来てくれた。出血の原因は、介護の私が尿瓶を強く押し付けたのがいけなかったらしい。重い病気じゃなく本当に良かった。放射線治療で、それでなくても弱っているのだから、もっと優しく介護をしなければならない。

2004.8.9(月)(晴れ)

熱36.8度、栄養補給のため高カロリー脂肪を点滴しているが入りにくい。32回目の放射線治療終了。

2004.8.10(火)(晴れ)

母を連れて病院へ行く。はやく家に帰りたいとギノちゃん喜ぶ。33回目の放射線治療終了。

2004.8.11(水)(晴れ)

8月11日、34回目の治療放射線科の受診日、頚部放射線治療は34回目なので明日で完了。
CT検査の結果、放射線肺臓炎のため7月21日に頚部と胸部の治療を休み7月22日から8月4日まで頚部だけの照射だったので、まだ胸部の放射線治療が10回残っている。
血液検査の結果、白血球は正常値だがカリウムが足らないので、高カロリー脂肪(液が落ちにくい)と鉄分の点滴が2回あるので辛そうだ。

   2004.8.12(木)(晴れ)

頚部35回目の放射線治療終了\(^o^)/
残りは胸部のみ10回残るだけ、よく頑張った。

2004.8.13(金)(晴れ)

ヘモグロビンがかなり低下している。鉄分補給の点滴で、貧血を防ぐのが無理なので今日から400ccの輸血となる。
輸血による感染が気になったので、調べてみると0.1%の確率だった。
また、今日から胸部放射線治療を再開する。

2004.8.14(土)(晴れ、酷暑)

輸血の後が心配なこともあり、いつもより早く家を出て、病室に着いたのが7時半で朝食中だった。
枕元には「今朝4時まで点滴だった」と、自分でメモ書きして置いてあった。
入院時はヘモグロビンの数値が10台だったが6台になったので、Ptの同意(宗教的な問題で拒否することもある)で280cc入り2パック560ccを輸血した。Drの話では拒絶反応もなく、一時問題があったC型肝炎の感染も0.1%以下で、仮に感染しても発病は10年後らしい。あと続けるかどうかは、月曜日の採血検査の結果次第。
今日もギノちゃんは、高カロリー輸液とカリウムの点滴でベッドに釘付け状態だった。

2004.8.15(日)(雨後曇り)

今日は姉が病院へ行った。ギノちゃんから歩くといって廊下を一周したらしい。
私が仕事でいけないときは姉が病院へ通っている。また、間を見ては姉夫婦達ができる限りの協力をしてくれている。昨日も草だらけの庭を見違えるようにしてくれてありがとう。

2004.8.16(月)

今朝の採血検査で、ヘモグロビンの数値が6から9に上がっていたので輸血はなかったが、食欲がなく体もだるそうだ。放射線の副作用か、先週に輸血したからか、原因は分からない。微熱があるからかもしれない。
午前中は脂肪分の点滴で、午後から胸部放射線治療とレントゲン撮影があり、そのあとはカリウムの点滴。
放射線の予定カードを見ると、8月27日までのあと8回だが、その後はいったいどうなるんだろうか。

2004.8.17(火)(雨後曇り)

8月17日昼食病室に入ると朝食のお粥を全部食べた器が置いてあった。今日は具合がいいのかな。
コインランドリーで洗濯をしていたら管理しているおじさんが、あなたいつも朝早くからきているけどヘルパーさん?と聞かれた。また、エレベータに大きな鏡が付いている自分を見てパンツルックにウエストバッグ姿がサマになってきた。
今日もハンコを押してもらったよギノちゃんは熱が36台で血圧も100前後、食欲もあり調子がいいと思っていたが、夕方帰り支度をしていると「頭が痛い」と書きだした。引き止める戦略に入ったかな。

高カロリー輸液(濃度が濃いため血管へ落ちにくい)、カリウム、抗生剤朝夕2回の点滴。胸部放射線治療残り7回

2004.8.18(水)(晴れ)

毎水曜日は放射線科の診察日で、治療効果や副作用がどの程度であるかを把握することが目的のためだ。
今日からメインDrが夏休みなので、呼吸器外科統括部長、○井Drが担当してくれている。
聞くところ、放射線焼けで状態で喉の外部も内部もただれているので今が一番痛くて辛い時期らしい。
胸部放射線治療残り6回。

2004.8.19(木)(晴れ)

朝の着替えを自分でしていた。看護師さんにしてもらうのが、どうも恥ずかしいようだ。
胸部放射線治療残り5回。明日は、放射線機械のメンテナンスにあたるので治療は点滴だけなので散髪をしよう。

2004.8.20(金)(曇り後雨)

今日は点滴とレントゲン検査だけだった。
いま姉妹2人が交替で介護に当たっている。それに何とか応えようと、辛い治療に耐えているのが痛いほど伝わってくる。

2004.8.21(土(曇り後晴れ)8月21日

熱37.5度。ずっと付いていたいが、家のこともありそうもいかないのが辛い。
明日は日曜日でも仕事だ。少し風邪気味なので薬を飲んで今日は早く寝ることにしよう。

2004.8.23(月)(晴れ)

今朝、採血した検査結果を聞こうと、Drを待っていたがオペが2症例入っていて、いつ終わるか分からないので、看護士さんから教えてもらえる範囲で聞いてみたら、WBC(白血球)は7700で基準値内だが、HBC(ヘモグロビン)は8.3で、また輸血が必要になってくるかかもしれない、微妙な数値だった。そうなった場合は考えていることがあるのでお願いしてみよう。

2004.8.24(火)(晴れ)

ギノちゃんは今日の午前中、貧血でダウン状態。
看護士さんやDrが駆けつけて点滴をして気が付いたという。何故だろうか、私が介護した次の日は調子が悪いようである。あ〜あ、いつもしかられ介護に自信がなくなってしまった。
しかし何とか胸部放射線治療も残り3回になった。人事を尽くして天命を待つしかない。

2004.8.25(水)(曇り後雨)

8.25昼食。うどんはちょっと無理だった。相変わらず痩せている、ムカつきがあり喉が通りにくい。胸部も放射線焼けで黒くなって皮が剥けている。
管からティッシュで痰を取っていたら「そんなやり方をしたら息ができないじゃないの」って看護師さんから、また叱られてしまった。私としては、管をとった場合を想定して一生懸命やっているのに。

今日は放射線科の受診もあり、あと2回の放射線治療で全部計画をクリアしたことになるが、副作用として2ヶ月後くらいから放射線による副作用の肺炎で、咳がひどくなることが多いと聞く。と、いうことは、2ヶ月以上は大丈夫なんですよね、先生。

2004.8.26(木)(晴れ)

8月26日右肺放射線照射放射線治療も6月23日から始まり、計画よりは長引いたが、やっと明日を最後に、あと1回となった。
大変お世話になり、ギノちゃんにはいつも優しかったM技師さんに感謝感謝感謝
ある日、私がギノちゃんに「頑張るんやで」といったら、即座に技師さんが「頑張れったって体が付いてこなければどうしようもないのよ」といわれた。

いつも、ギノちゃんのことを大切に思ってくださり、長い間治療にあたっていただいた放射線技師のMさんに、私がお会いするのは今日で最後になるので、技師さんに後姿の写真を撮らせてくださいとお願いした(後ろ姿というのも失礼な話だが)。
技師さんは気軽に「どうぞ前からでも後ろからでも」と言ってくださったので、遠慮なく後姿を1枚。
最初お会いしたときから長い髪の毛が印象的だったので、絶対技師さんの三つ編みの長い姿を写真に撮りたかった。
毎日、外来を含めて20人くらいの患者さんが放射線治療に来られると聞き、癌の人が思っていたよりも多くて驚いた。
父は、待合椅子で座っている人を見て、「あの人も癌か?」と書く。

治療効果は、月曜日のCT検査を待つばかり。やるだけのことはやった充実感はある。決して楽な治療ではなかった。胸部と頸部が黒く焼け爛れ、苦しい副作用に耐えながら、ギノちゃんは最後までよく頑張った。
6月11日に「一度死にましたから」。
火曜日に出る結果を静かに待ちます。