放射線治療その後
8月28日(土)(曇り小雨)
一日中食欲がなく熱も38度で、トイレへ行くとき立ち上がれず、ヒョロヒョロと倒れこむ。
寝ながらメモに「もうダメだ」と乱れた文字で書くが、看護士さんは「そんな足くらいでダメなことない」と大きな声で叫んだ。前から聞いてはいたが、放射線による肺臓炎だろうか。病院へ泊り込みたいが家のこともあり、そうもいかなく夜の帰り道は何もかもが怖かった。
8月29日(日)(小雨)
朝、心配で病院へ電話で様子を聞くと、長い時間をかけてマイペースで朝食を摂っているといわれ安心した。
姉が着いたとき、ゆっくりとまだ食べていた。熱も37.2度に下がった。
メインDrがギノちゃんのところへ来て、手を握り「そんな弱気でどうするの大丈夫」と大きな声で言った。
昨日のメモのことが、看護士さんから先生の耳に入っていたのだ。担当に当たった看護師さんって、すごく細かいことまでDrに報告していることを知った。
8月30日(月)(うす曇り)
放射線治療が全て終了し、ホッとしたせいか、食欲もなく寝てばかりいる。
造影剤を使ってCT検査を実施する。
腕の血管から入れるカロリーは、どんなに頑張っても限度があり、特に脂肪の多いカロリー輸液剤はすぐに血管が詰まってしまう。
肩からは腫瘍が邪魔しているのか、入らなかった。右足付け根の血管から、体に必要な栄養素をすべて補給する中心静脈になる。注射の針は、動いても外れないように皮膚に縫いつけられている。この作業が約1時間におよんだが、他の痛みのほうが強いのか、挿入時の苦痛はなかったようだ。
これで食事の恐怖から逃れることができた。
8月31日(火)(晴れ)
午前中にDrから、昨日のCT検査結果の説明を聞く。
頚部腫瘍が4ミリ縮小している。医師の説明では効き目は大きいと聞くが、もっと期待(癌が消えること)をしていただけに、あまり嬉しくなかった。それに胸部放射線照射の副作用で、食道が放射線によってかなりダメージを受けている。
食欲がなく相変わらず眠ってばかりいる。体に必要な点滴は続けているので、食べたくなければ無理に食べなくて良いのだが、単なる延命治療に過ぎない。
9月2日(木)(雨)
寝顔を見ているとたまらない。私は、涙があふれ出るときは必ず後ろを向いて何か用事をしている真似をする。
ギノちゃん、ごめんね。見ていて何もしてあげられなくて。
肺臓炎が治って、入っている管が1本でも少なくなればいいのにね。そして、早く食べられるようになって。
9月3日(金)(晴れ)
病院の金曜日は、あまり好きではない(外泊できる人はいいが)。
入院してから3ヶ月以上になるが、初めて呼吸器外科部長の回診があった。
テレビでおなじみの、白衣姿がずらりとならんで部下を連れ廊下を歩く雰囲気ではない。3人のDrと看護師1人が病室を訪れた。K外科部長が、ギノちゃんの胸に聴診器を当て「これはステントでもいいんじゃないかな」ってなことをつぶやいた。(ステントに関してはネットでかじっていたので知っていた)
え、それじゃ口から食事できるではないですか。それが可能なら、胃に穴を開けて管を通されるよりありがたい。
その後、何度も尋ねる(娘はしつこく聞く性格である)が、内科と相談してからでないと結論は出せないらしいが、僅かな希望が出てきた。
9月4日(土)(晴れ後雨)
呼吸器外科統括部長の、○井Drが胸のガーゼ交換に来てくれる。また、ステントのこともお願いした。
昨夜から今朝方にかけて、熱が39.8度まで上がった。原因は、首の付け根からカテーテルを入れているときに、肺に空気が入ったので空気を抜くための管が右肺に入っていた。その管を抜くために、胸膜癒着剤を入れた副作用によるものらしい。
メインDrが仕事を終え、一旦自宅に帰ったが、ギノちゃんのことが気になって、また病院へ戻り診察に来てくれた。残業手当ても付かないだろうに本当に感謝している。
看護士さんも、15分ごとに見回りに来てくれてオシッコも摂ってくれた、と感謝の念を書き連ねた。うつらうつらと天国に行きかけたが、皆にまだ「アリガトウ」の言葉を伝えていなかったので戻ってきたらしい。それならずっと言わないでいいよ。宿直の看護に当たってくださった看護師の西村さんには大変お世話になったそうで、ありがとうございました。
熱も微熱に戻り、今日は久しぶりに筆談が多かった(^_^)。
9月6日(月)(雨)
病室に向かうエレベータで、昨夜当直の看護士さんにあった。ギノちゃんは昨夜の地震の震源地などを心配してテレビを見たりして、心配で眠っていないらしい。ギノちゃんの部屋は7階なので、かなり揺れたみたいだった。
私が入るなりニタっと嬉しそうに微笑んでいた。
診察に来ていただいたメインDrに胸の管はまだ取れないかと聞くと、「取れる状態になれば取ります」「あとなにか?」だけの返事。
のちに、呼ばれて何故今を楽にさせてやろうと思わないのか。ステントを入れてまで口で摂取させなければいけないのか、食べるのを嫌がっているのに何の意味があるのかと。
ステントは異物感はあるだろうし、これから治療に入れる状態なら意味があるということだと思う。
欲しいときには食べ、そして飲み、痛いときには痛みを止めて。そういうふうに最期を看取ってあげなさい、と。
なぜかギノちゃんはメモに、「私は看護師さんに嫌われていないだろうか」と書いた。それを看護士さんに伝えたら「ギノちゃんは、皆に愛されているよ」って、ギノチャンはそれを聞いて涙ぐんでいる。
ヘモグロビン5.9。また輸血だろうな。
こんな状態で、よく頭脳明晰でいられるよ、まったく。残された余生を頑張って、悔いのないにしようね。
9月7日(火)(晴れ)
400ccの輸血が始まる。熱は38度(@_@;)
9月8日(水)(晴れ)
熱は微熱になっていた。どうも夜と昼がさかさまになっている。
夜のことは分からないが、看護師さんの話によると眠っていないらしい。しかし私としては、安心して気持ちよく寝ているのを起こす気にはなれない。
9月9日(木)(晴れ)
熱は6度台。調子は(^・^)
9月10日(金)(曇り)
熱37.5度。空気を抜くために入れてあった胸の管が11日目で、やっと取れた。父の身体に触れやすいので、管はできれば少ないほうがありがたい。
9月11日(土)(曇り時々雨)
病室に入ると、ギノちゃんの足が見えていると、まずはホッとする。
熱が相変わらず38度前後で下がらない。点滴ばかりなのでオシッコを摂るのに追われてしまう。
別にいわれているわけでもないが、いつも何時に何cc出たかをメモして、ベッドの横へ置いて帰っていたが、看護婦さんはそれをカルテに書き写していた。
だいたい1回に出る量は80〜100ccで、今日は8回だった。たまに用意が待ちきれなくて、こぼしてしまうとギノちゃんは変な顔をしている。
看護婦さんや私たちの質問に返事ができないことでイライラが充満していて、どうして分かってくれないのかという内容の文句をいう(書く)。
病院の近くにある、ジャ○コで買い物をして帰るのが日課だが、熱サ○シートが切れていたのを思い出したので買って、また病院へ後戻りして届けると、てっきり帰ったものだとギノちゃんは思い込んでいたので、すっごく感動していた。
そういえば、その顔をみたくてバイバイをしたあと、買い物後また病室へ戻ることをたまにしている。
9月12日(日)(晴れ)
日曜日の病院の廊下は静かだ。外泊している人がいるので部屋もところどころ閉まっている。
メインdrの渡邉先生は、ギノちゃんの足を何となく揉みながら話しているが、痩せ具合や浮腫みがないかを診ているのだろう。
ギノちゃんの居たわが家の2階の部屋は、毎日雨戸を開けて太陽の光を入れている。もう一度あの日に戻りたい、そしたらきっと違った生活になっていただろう。匂いだけ置いて、どうしてあんなところへ行ってしまったの。
熱が一向に下がらない。筆談も寝たままで書いている。
熱37.9度。輸血は終わったが、血液から採取した成分を摂ったという小さな点滴をしているが、終わったあとも容器のなかはシャボン玉のような泡がたっていた。変わった器だったので写真を撮っておけばよかった。
オシッコの回数は、やはり1時間に1回くらいである。腎臓の機能はうまく働いている。
筆談:「夜は長いぞ」
9月14日(火)(晴れ)
熱38度。朝に胸部を単純写真撮影した結果を聞くと、腫瘍が大きく見えているのは炎症が癌の周りを覆っているからと、説明を受けた。
ひとまず、現在おかれている山場を乗り越えてくれることを期待している。
9月15日(水)(晴れ)
9月に入ってから、食べ物も飲み物も取っていない。口の中を湿らすだけの氷も喉を通らない。
細い管を伝わって、体に流れ込む点滴だけが命を支えている。でもなぜだろう、父(ギノちゃん)はいつも微笑んでいるようだ。
熱38度。点滴用のカテーテルを右の太ももの付け根から、左へ差し替え。
9月16日(木)(晴れ後曇り)
熱38度。気管チューブ(人工鼻)の取替え。
9月17日(金)(晴れ)
熱38度。今日もギノちゃんの横へ寝ながら足を揉まされた。いつまでたっても、もういいとは言わない。揉むのを止めたら、こんどは首を痛そうに回しだす(かなりの知能犯かも)。
9月18日(土)(曇り一時雨)
色々な薬を試してくれているが熱は下がらない。
今朝、部屋が一時全部閉ざされた。こういう日は何度かあたっているが、やはり何ともいえない気持ちがする。
9月19日(日)
久しぶりに熱が下がり調子がいいようだ。それに書くメモにも、難しい漢字を入れて書いている。
9月20日(月)
朝から調子(~_~;)熱38度。○井Drの回診。
夕方、ブラインドを閉めてくれという。知らない女の人と男の人が覗くらしい(もちろん誰もいるはずがない)。病院だから亡霊も居て当たり前だといったら納得していた。一応、呼ばれても行かないようにはいっておいた。
9月21日(火)(曇り後晴れ)
朝のレントゲン撮影で右肺に胸水が溜まっているのを確認し、右側胸部よりうすい赤褐色の胸水、330mlひける。
白血球2万台へと上昇。
今日はギノちゃんの故郷から、昨日届いた新鮮な梨を二口食べた。と、いうより口に含んで感触だけを。叔父さん叔母さん、ありがとうございました。
9月22日(水)(曇り)
個室になった、病院へ姉と2人で泊まる。医師との面談で、痛みが強くなればモルヒネを使用してもよいか、との問いに承諾したが、人工呼吸器の装着は拒否した。
朝まで、父の横へ添い寝をしたのは何十年ぶりだろう。
9月23日(木)(雨)
昨日から今日にかけて、1週間くらいの日にちのように思える。多分病院へ泊りがけだったからだ。
ギノちゃんの状態が非常に悪い。モルヒネは使っていないのにウツラウツラ状態が昨日から続いている。酸素を最高の15リットルにしても、酸素量80台の呼吸状態が続いている。白血球26000。
もうこれ以上頑張らなくてもいいよ、といってあげたい。
医師の話だと、ギノちゃんの年齢なら病院の天井を1週間見つめたら自分自身が分からなくなるらしい。
その点、ギノちゃんは本当に最後まで偉かった。私はあなたを誇りに思い、これから生きていきます。